失敗と成功

しかし、うまく行くと思ったのもつかの間、朝のST、千秋ちゃんはトイレに籠って、出てこなかった。

「わたし、みてくる。」

そう言った私を引き留める人がいた。

「わたしが行く。ハナは選考メンバーだもん。関係ないわたしが行ったほうが、今はいい。」

祥子ちゃんだ。

祥子ちゃんは、たしかに、助監督だけど、五木くんとは趣味があわないだろうから、といって選考には参加しなかった。

「ごめん、よろしく。」


その日、千秋ちゃんとはとても喋れそうもなく、五木くんもかなり落ち込んでた。

五木くんはなんも落ち込むようそないんだけどな、繊細なんだ。


掃除の時間がおわり、ニナとたまたま教室にふたりになったので、選考の経緯を話してた。

「で、結局、ヨウタとお婆ちゃんが残っちゃって、男女はかえないで、千秋ちゃんをお婆ちゃんにという案もあったんだけど、」

そんな折だった。

「やっぱり、残り物だったんだ。」

千秋ちゃんが入ってきた。

つい、沈黙が流れる。

「ごめん、邪魔したね、また!」

そう言って、出ていってしまった。



「...まって!」

今、言わなきゃ!

階段をかけ下りる。千秋ちゃんは驚いて振り返る。

「今、時間ある?」



そうして、わたしは、全てをはなすチャンスを得た。あとは、これを物に出きるかだ。

「たしかに、ヨウタ役がきまったのは最後だった。」

泣き出しそうな顔をしていた。

落ち着いて、はなそう。

「でもね、けして余り物じゃない。男の子の役だけど、子供だから、女の子の方が、声も身長も自然だし、大事な家族の一員なんだ。」

「それは、わかるよ。けど、わたしの演技のなにがいけなかったの?まずそれが知りたい。」

「それは...」

「いえないこと?」

「ちがう、ごめん。正直にいうね。」

「うん。そうして。」

「すごかったよ。迫真だった。けど、ドラマみたいって思ったの。劇は舞台だから、震えるようなか細い声はとどかない。涙を流しても、後ろの席からは見えない。それが、敗因だと思う。」

「だとしても、それはこれから練習することで解決できる。結局好みじゃないの??」

「好み、っていったらそうなのかもね。そういう評価基準自体も、私たちが決めた。だけど、その評価基準にあるかぎりは、リカちゃんの演技は舞台映えするし、心もこもってた。それじゃあ、まだ納得できない?」

「うーん。...それについては、わかったよ。しかたない。リカちゃんの演技ががよかったんだね。...けど、ヨウタは受けてもない役だし、発表のときも五木くん、みんなの目みてくれないし、もともと、エレンちゃんとはわたしあまりなかよくないし。。。いろいろ、疑っちゃうんだ。ごめん。」

あーあ、泣き出しちゃった。ニナがハンカチを渡す。

そうだったのか。でも、それは誤解だ。

「五木くんは、真剣に考えてた。演出として、ちゃんと自分のイメージをもっててそれでも、キャストが希望どおりにならないことに、後ろめたさを感じてて。今朝もみんなの前に出る前は、青い顔して、吐きそうだって言ってた。助演出はたしかにまだ頼りないし、千秋ちゃんとエレンちゃんのことはちゃんとしらなかったけど、ないがしろにしてるようには感じなかったよ。すくなくとも、この配役の案に行き着いたとき、みんな、これだっていう純粋な興奮があった。三時間近い話し合いだったけど、ちゃんとみんなが納得したの。だから、私もこの配役に自信をもってるよ。」

はなしていて、なぜだか、こっちが泣けてきた。ニナがティッシュを渡してくれた。

「そっか...。わたし、まだ演出のみんなのことあんま知らないし、つい疑ってしまった。いまも、信じていいか自信はないけど、でも、...ハナちゃんがこんな風にわたしのために泣いてくれてまで、言ってくれるんだもんね。みんなのこと、信じる。ヨウタ役、ちゃんとやるよ」

「...へへ、なんでだろうね、泣けてきちゃう。ありがとう」


そうして、私たちは泣きながら握手して、「仲直り」して帰ったのだった。



翌朝、ショートヘアーになった、千秋ちゃんが教室に入ってきた。

「すごい、ショート、にあってんじゃん!」

そう躊躇いなく言った祥子はきっと事情をしって言ってる。

回りは、ショックで切ったのではとヒヤヒヤしているのだ。

「えへへ、ありがとう!男の子の役だからねー気合いれた!」

唖然とするクラスの中に、同じく唖然とする五木くんをみつけて、声をかける。

「よかったね!」

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