風の贈り物

脚本決めは二冊に絞られてから、途端に膠着状態に入ってしまった。脚本は基本全会一致で決めなくてはいけないと、舞監会からのお達しがある。そして厄介なことに、会長の世良と演出の五木くんで意見が割れている。このままでは、どっちに転んでも、わだかまりが残るのは間違いない。

最近、みんなの早く決めなきゃという焦りを感じる。私が頼りないから。遅れても、その後私が何とかするから、なんも考えずに、ドンパチやってくれ!って言いていけど、私では説得力がない。悔しいけど。

祥子ちゃんも、違う意見の人同士を数人のグループにして意見を戦わせてもらったり、同じ意見の者同士でアピールポイントを練ったりいろいろな方法を提案してくれているけれど、今日もあまり進まず、終わってしまった。




脚本会議の後は教室で哲郎と勉強するのが最近の五木の習慣だった。だけど、今日はなんかこのまま勉強しても集中できなさそうだ。

「なあ、哲郎ー」

「なにー?」

「三苫のおっちゃんとこいかねー?」

脚本会議は行き詰っているし、期限も近い。三浦さんも最近体調が万全とは言えないみたいだし、演出として話し合いをリードできないのも情けなく感じていた。三苫というラーメン屋はここの学生のたまり場で、文化祭もずっと見てきてる。いい話がきけるかも。

「ラーメンねー、うん、いいよ」

哲郎はちょっと驚いたみたいだったが、何も言わず、了解してくれた。

 

残った脚本は二つ。一つは、『クープランの鐘』という、ファンタジー調のお話。時を知らせるためのクープランの鐘を鳴らすお仕事をたった一人する青年と、厳しい家庭から逃げてきた少女の出会いを通して、お互い自分の役割について考えを巡らせる物語。もう一つは、『風の贈り物』という、交通事故で家族を亡くした少女と、残された唯一の家族叔母さん、そして幽霊となった家族たちの家族愛の物語。前者は一人芝居も多く難しいがやりがいはある。後者は王道感があるが、メッセージ性は強い。俺は後者推しだ。

「なるほど、その二つが残ったか。」

おっちゃんは少し感心している様子だった。

「どっちもみたことがあるけどねー、よかったよー。ただ、『クープランの鐘』はやはり高校生には難しいという印象だったかなー。決して『風の贈り物』が簡単なわけではないんだろうけどよ。けど一つ言えるのは、『風の贈り物』という劇は高校のクラス劇でも、プロ級の、いや、プロを超える劇になることがある。」

高校の文化祭の演劇がプロを超える…。

「なんでかわかるか?」

検討もつかなかったし、そんな未来も見えない。

「一度きりの劇団だからだよ。プロと違って、自分たちはこのメンバーでひと夏一度きりの演劇をする。そうするとね、本番、最後の瞬間に、この劇中の家族と同じ、本物の家族になるんだ。そのセリフはいいぞ、どんなプロの演技よりも『本物』だからなー。」

プロよりも本物。この劇をやってみたいという気持ちは、確信にかわった。この劇をやらなくては。




 そろそろ話し合いのやり方のネタも尽きてきたし、どうしたものか。A組の舞台監督さんが泣きたくなる気持ちもわかる。べつに誰も悪くないしね。何とかしなくちゃいけないんだけど。

「三浦さん」

「五木君、どうしたの?」

「今日の脚本会議、最初にちょっと話してもいい?」

「全然いいよ」

めずらしい。これはとうとう盤面がうごくのか?ひとまず、それ次第で今日の進みは変わるだろうな。けど、期待しすぎもよくないからね。ところが、この五木君の話はいい意味で期待を裏切ってきた。

「まあ、なんかこれまで俺は『風の贈り物』を推してきたわけだけど、ちょっとやっぱ話し合いも煮詰まってきたから、外の意見を取り入れようと思ってね、三苫のおっちゃんにちょっと話を聞いたんだ」

話を聞きに行く先のチョイスが意外過ぎる。けど、へたに先生とかに聞くより、ここの生徒を動かすオピニオンではある。私も、興味がある。

「おれは『風の贈り物』でプロを超える劇を文化祭でこのクラスでやりたいと思った」

「プロを…超える…。」

「おっちゃんが言うには、一度きりのこのメンバーで劇をすることで、まるで本物の家族みたいな一体感が生まれれば、物語の最後、全部自分たちとリンクして、本物のセリフになるって。そしたら、それはどんなプロの劇よりも感動するって、言ってたんだ。もともと、俺はこっちを推してたから、あれだけど。やりたいって改めて思った。」

なるほど、その視点は考えもしなかった。けどすごく説得力がある。

「おれも、りょうちゃんと昨日聞いて思った」

「わーなんか、それ踏まえてもっかい台本読んでみたくなった。」

「ちょっとドキッとした」

みんなも同じ気持ちみたいだ。その日はそのまま、解散で各自台本読みなおすことになった。


五木君の一言から、クラスの雰囲気は一気に『風の贈り物』に動いていった。ただ、いざ決を採ろうと思うと、煮え切らないやつが数人。

「いや~わかるんだよ。『風の贈り物』もいい話だし、イツキの言ったことにも共感した。決まったら全然やれんだけどさ。けど、やっぱ自分が持ってきた台本だもん、じぶんからは捨てがたくて。」

世良とその取り巻きだ。馬鹿か。そこまで思ってるなら動けや。と思うが、言わない。なんとか説得したい。たぶん脚本決めはぶっちぎりのドベだけど、私は構わないし。この意地っ張りをなんとか動かそうとして五月最終週になってしまった。




ほんとに困ったやつ。んでバカ。祥子はあきれていた。花ちゃんも辛抱強すぎる。我慢の限界だった。いつもこうやって、みんなに引かれちゃうんだけど、我慢できないんだもん。

「もう!いつまでたっても決まらんよ?なんでわかってんのに決めれんの??」

みんなしんとする。あーあ、またこれだ。

「そんなおこんなよー…。」

世良もあまりの剣幕にしおれてる。空気悪くなっちゃうかな。そう少し反省し始めたとき、

「じゃあさ、考え方を変えてみない?」

花だった。

「ごめんね、わたし我慢強い性格だから、時間かけてでも全会一致にすることにこだわりすぎてた。」

「けど、入江がそう言ってるんだろ?」

「そう。だから、多数決で決めることを全会一致で決めない?いまのクラスなら、それで無事に決まる気がする。」

「いいのかよ。」

「いいと思う。つぎのLTで一応全員に確認してそうしよう、なんか反対とかある?」

何もなかった。わたし、なんか、恥ずかしいな。

「祥子ちゃん、ありがとう。言ってくれなかったら、踏ん切りつかなかった。」

え?

「しょこたんのでかい声もたまには役に立つなー」

「私も世良にはイライラしてきたところだったから、先言ってくれて助かったー」

「ちょ、おまえら!」

ハナちゃんをみると、笑っていた。こんな事初めて。怒鳴っても、受け入れてくれるクラス。いいクラスに巡り合えたかもしれない。




みんなの焦りや苛立ちに私は気づけていなかった。どっしり構えた信頼される監督になりたくて、そればっかになっていた。

でも、いまだな。

「祥子ちゃん、助監督、やってくれない?音響と兼任で。」

みんなに敢えて聞こえるように言ってみる。

「…え、でも、…入江が…。」

「入江くんは私が何とかする。けど、それ以上に私にないものを持ってるから。脚本決めるのも、生徒会室の使い方にしても。だから、頼みたい。」

みんなも、いいよね。

「…わかった。私でよければ、やらせてほしい」

「ありがとう」

いいクラスにしようね。



こうして、脚本も助監督も無事にきまった。

「脚本は了解した。助監督は、決まりそうか?」

「…まだ」

入江君にはまだ言えてませんが。だって、麻衣ちゃんと相馬くんに


『助監督、祥子ちゃん?!』

『それ、入江には絶対言うなよ』

『言わないのはさすがに無理でしょ…』

『『でも、だめ!』』


だそうですから…。

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