ハチ

印刷された脚本は、放課後や、遠足のバスの中で回し読みをされ、二冊のまで絞られた。脚本決めの進みは市川さんの提案のおかげもあって順調といえるが、なにせ始動が遅かったから、余裕がないことには変わりがなかった。

「三浦―やすみかー?おかしいな、まだ連絡もないぞ。みんな、もし来たら担任に言いに来るよう言っといてな―」

一限目の授業の始まりだった。大丈夫かな。そう思っていたところに、携帯が鳴った。

『ハチくん、ごめん、遠足はしゃぎすぎて、熱出しちゃった。脚本会議、お願いします。』

三浦さんからだ。こういう時に、頼られるのは嫌ではないけど、少し荷が重かった。僕が副会長や副キャプテンを好むのは、人のサポートに面白さを感じているから。サポートするのに十分な肩書を得るためだ。助監督も別に嫌じゃない。だけど、今回はやっぱりキャストにかけてみたい。三浦さんにはもっともらしい言い訳をしたけれど、これが本音だ。わがままかな。


 その日の放課後、脚本会議を終えて、教室を出たところで、衝撃の光景が目に入った。入江が泣いてる女子を慰めていた。思わず、教室に引っ込んで様子をうかがう。

「…難しいよな。……….けど、まあ、A組は…のクラスだし、俺が直接……できない。できることがあれば何でもするし、おれはずっと味方だから」

とぎれとぎれにしか聞こえなきけど、キャラが違いすぎて気持ち悪いぞ。まあけどなんか、察しはついた。泣いてるのは隣のクラスの舞台監督で、脚本決めで揉めているっぽい。孤立状態なんだろうか。みんなが熱くなってしまっては、いくら信頼されてる監督だって、そうなってしなうのもあり得る話だ。やっぱり、一人はきついよな。




39度の熱が丸二日。最悪だった。BBQがあたったんだと思うけど、よりによって今かよって感じ。みんなにも迷惑かけた。大事をとって休んだらという母を押し切って登校してきた。すると、教室になぜか入江くんが来ていた。

「あ!三浦さん!大丈夫?無理しすぎてない?」

なんか、勘違いしてる?

「大丈夫じゃないよ。昨日一昨日と高熱だったんだから。もうヘロヘロ。何の用?」

「昨日から、各クラスの舞台監督と面談をしていて、今日の昼、いい?休んでた間任せてた人と同じでいいから。」

「じゃあ、ハチくん来れたら連れていくね」

「じゃあ昼に」

面談って、あんたは先生かよ。ほんと、彼は変な人だ。


「ごめん、授業長引いちゃって。」

私とハチくんは、中庭のベンチで入江君を待ちつつ、お昼を広げていた。

「食べながらでいいー?」

「どうぞどうぞ。どう最近、B組は?」

どうって言われてもなあ。相変わらず、周りのクラスよりかは遅れているけれど、最近は順調に進んでる感じはする。そういって、だいたいの進み具合を伝えた。

「ふうん。なんだかんだ一番平和だね。」

そうなの?

「まあ、ここからなのかもしれないけどね」

「一昨日か、A組の優木さんが、脚本の話し合いで泣いちゃってさ。だから大丈夫かな、って思って」

入江君って、優しいし心配性だし、性格がこんな曲者じゃなかったら、もっと持てると思うんだけど。ま、余計なお世話か。

「助監督とか早く決めておいた方がいいかもよ。それこそ、ハチとか。」

「俺は…」

「私は大丈夫だよ。助監督は別で声かけようかと思ってる子はいる。」

まあ、まだ決まってないけど。でも、これだって直感した。

「ならいいんだけど。なんか問題起きたらすぐ言えよ。B組はほんと、俺からしたら未知のクラスすぎて、お前らだけが頼りだから。」

「うん、ありがとう。」


「助監督、だれか決めてるの?」

「いや、まだ、迷ってる。」

「やっぱ俺、やろうか?」

「ううん、それはいいの。迷ってるのはそういうことじゃないから。」

いろいろ誤解されやすい子だから。タイミングを間違えちゃいけない。ちゃんとクラスで受け入れられるために。



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