二歩

朝が来ると、今井が部屋のカーテンを開ける。


そして、さくらが目を覚ます。


「おはよう。春ちゃん、今日は、早起きね。今から朝ごはん作るね。」


「さくらさん、おはようございます。今日は、良い天気ですよ~!」


立ち上がろうとするさくらを少し抑え、背筋を伸ばした。


「さくら、今井さんおはよう。」


この時間になると、綾美が朝ごはんを届けに来る。


「あら、綾美、北海道までわざわざありがとう。」


この会話はほぼ毎日同じように繰り返される。


ある日、さくらが病院を抜け出した。


病院を抜け出し、病院の周りを散歩していたり、どこかに買い物にいったりすることはよくあったが、今回は少し様子がおかしかった。


病室は、やけに整理されていて、棚に服はなく、どこか遠くにでかけたようになっていた。


「申し訳ございません!すぐに探しに行きます。」


「お願いします。」


今井は、すぐに病院を出た。


綾美からも焦りは感じ取れた。


病院を抜け出すときは何かあるときだった。


運動会、クリスマスなどイベントごとがあれば、行く場所の検討はついていたが、今回は、春休みのシーズン。どこか旅行に出かけてしまったのか。


「綾美先生!この周りにはさくらさんいません!」


「どこか、行きたい場所とか言ってた?」


今井は、息を切らしながら考えた。綾美は、落ち着きながら考えた。


その時、風が強く吹き、開いた窓から桜が舞い込んできた。


「もしかしたらご両親に。桜の木に行ったのかもしれないです。」


「両親に、春ちゃんを会わせようとしているのかもしれない。福岡だ。福岡に行きましょう。」


「綾美先生はここに残ってください!私行ってきます!」


その日の晩、すぐに今井は福岡に向かった。


さくらが本当に福岡にいるのか、無事なのか。今井は、心配と不安で胸が押しつぶされそうだった。


すぐに探しに行きたかったが夜も遅かったので、博多駅の近くに1泊した。


翌日。電車とバスを乗り継ぐこと1時間半。


病院から持ち出したさくらの情報をもとにさくらの実家へ向かった。


しかし、果てしなく続く田と畑。


家はなかなか見つからず、さくらの姿も見当たらない。


桜の木はどこにあるの。


田を超えるとトンネルが見えた。


「さくらさ~ん。さくらさ~ん。」


今井は、少し涙目になりながらさくらを呼び続けた。


トンネルの出口が近づいてくる。


目をすぼませながら、トンネルを出るとそこには、大きな大きな桜の木がそびえ立っていた。


どっしりと構えた桜の木は、立派な桜を咲かせていた。


「さくらさん?」


今井は背負ったリュックを大きく揺らしながら木の下にある人影のもとへ走った。


さくらだった。


「さくらさん!心配したんですよ!」


「お母さん、お父さん、春を連れてくることができなくてごめんね。守れなかった。ごめんね。ごめんね。」


さくらは、木に手を添えながら泣いていた。


「ママ!私、来たよ!」


今井は、春のふりをした。


「今井先生、ありがとうね。」


さくらは振り向き笑った。


「さくらさん、、帰りましょう。」


手を引っ張ろうとしたが、さくらはそれを逆に引っ張って今井を抱きしめた。


「春、待ってたよ。」


今井の目には涙が流れていた。


さくらは、一瞬、今井を認識していたが、すぐに妄想の世界に行ってしまった。


認知症の症状はひどくなっていた。






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