過去。

20年前。


さくらは、春と北海道に逃げた。


そして、春の1回目の誕生日。


借金取りの男たちが、玄関を強く叩いた。


さくらは、春が泣かないように強く、強く口を押えた。


そして、無事、乗り越えた。


はずだった。


春は、玄関を叩く音よりも大きく大きく泣いた。


ぼろかったアパートの玄関はこじ開けられ、春は連れていかれた。


『少女、誘拐事件』


追いかけた、ずっとずっと。春を乗せた車が見えなくなっても追いかけた。


ずっと泣き声が聞こえている気がした。


さくらにとって、春は全てだった。


これから、春との幸せな生活が待っているはずだった。


やっと、ふたりでの第一歩を歩んだはずだったのに。


「春、春、春がいればなんでもいいの。お願い、返して。春ちゃん、どこなの。」


さくらは、春を呼び続けた。


そして、北海道をさまよった。


春がさらわれて、半年が経っただろうか。


歩き続け、ろくに食事もしていなかったのだろう。ぼろぼろの靴

を履き、やせ細った状態でさくらは倒れていた。


救助されたとき、さくらの意識はなかった。


『北海道の山道で女性、意識不明の重体で発見』


さくらの顔がニュースに映り、そのニュースをみた綾美がすぐさま

東京の病院で引き取った。


すぐに治療を受け、意識を取り戻すことができた。


しかし、そこに本来のさくらはいなかった。


春を失い、一人で彷徨い続けたさくらは、認知症を発症させていた。


綾美の存在をなんとか思い出すことはできたが、やはりすべてを把握することはできなかった。


そして、あるニュースが流れた。


『誘拐された子供ら、やせこけた状態で保護。人身売買か。』


誘拐され、監禁されていた子供が保護された。


変わり果てた姿で亡くなっていた子供。


気を失い、瀕死状態の子供。


泣き続ける赤ん坊。


保護された子供は、すぐに病院に運ばれ、無事生き延びた子供は、その後エンジェルハウスに入れられた。


エンジェルハウスには、親を失った子供、捨てられた子供が1つの家族として育てられる施設だった。


運が良ければ、養子に引き取ってくれる子供もいたが、ずっとそこにいる子供もいた。


「もしかしたら、」


綾美は、春がそこにいるかもしれないと思ったが、当時春はまだ1歳。


怖くて、エンジェルハウスに行くことはできなかった。





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