第七歩

高校生活も中盤が過ぎ、大学の志望校をそろそろ決めなければならない。


春に夢はあるのかな。今日、聞いてみよう。


さくらは、そんなことを考えながら夕食の準備をしていた。


ドタドタと階段を上る音がする。


「ただいま!春ね。ナースになりたい。」


さくらが聞く前に、春は夢を語った。


「ママが諦めた夢を春が叶える!そしてね、春がたくさんの人を笑顔にするの。」

 

春は、こんなにも優しい人間に育った。さくらはしみじみ思いながら、この優しさは私に似たのかなと少し自慢げになっていた。


そうと決めた春は恐ろしかった。


最後のコンサートに向けた練習に加えて、夜遅くまで勉強にも力を入れていた。


志望した大学は北海道1番の難関校だった。


最後のコンサートを終え、勉強一筋になった春はより一層気合が入ったように見えた。


イライラや、疲れはさくらにも伝わってきた。


そんな時は、フルートを吹かせた。


どんな時でも、春の奏でる音色は美しかった。


フルートを吹く顔も穏やかで出会った頃の和義に少し似ていた。


雪になれたさくらも今日は、焦りを感じるほどの大雪だった。


窓は、ガタガタと大きく揺れ、天井がキリキリと鳴っている。


明日は、試験日。


春の手が少し震えている。


これは、寒さではない。緊張しているのだ。


さくらはぎゅっと手を握りしめた。


「大丈夫よ。」


「うん。おやすみ。」


朝、窓の外にはこんもりと雪が積もっていた。


お守りを鞄にしまい、赤いリボンを強く結んだ。


「ママがいれば、」


春は小さく呟き、試験会場へ向かった。


家に残されたさくらは、洗濯をしたり、掃除をしたりと色んなことをしていたが

やはり、春のことが頭から離れなかった。


大丈夫かな。


おなか痛くなっていないかな。


さくらは心配で心がはちきれそうだった。


今日は、春の好きなピザにしよう。


いつも、ドタドタとぼろい階段を響かせながら帰ってくる春だったが、今日は静かに帰ってきた。


「ただいま。」


「おかえり、今日はピザだよ!」


本当は、どうだったかききたい気持ちでいっぱいだったが笑顔のない春にさくらは、わざとらしく元気にふるまった。


「ふ~~~~。」


春が突然大きく息を吐いた。


「試験はよくできたと思う!!けど、すんごく緊張した!今でも震えてるよ!」


春に元気がなかったのは、緊張という重圧に今でもつぶされそうだったからだ。


さくらは、一安心して、ホッと息をついた。


合格発表の日。


春は、目の下に大きなクマを作っていた。しかし、さくらはもっと大きなクマを作っていた。


二人は互いの顔を指さしながら笑いあった。


合否通知は、配達で家に届く仕組みになっていた。


春は、朝から郵便箱の前に立っていた。


ついにその時がやってきた。


向こうから、配達のお兄さんが自転車をこいでやってくる。


「おーーーい!はやく~!」


春は大きく手を振り、配達のお兄さんを呼びつける。


春の元に茶色の封筒が届いた。春はそれを机の上に置いて、眺めていた。


「ママが見ようか?」


「いや、自分で見る。」


春はとうとう封を破り、中身をだした。


すぐさま、胸に抱きよせ、涙をこらえるように上を見上げた。


「ママ、」


一言呟き、さくらと春は目を合わせた。


さくらの目に春のとびっきりの笑顔が映った。


「春、おめでとう!」


「受かったああ!」


春は、小さな部屋で大きく飛び跳ねた。


春は、一歩ずつ未来へと進んでいる。自分の夢へと進んでいく。


春は、立派な女性へと成長していく。


まだ、腕の中でずっと泣いている春をふと思い出す。


さくらの目にはうっすら涙が溜まっていた。

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