第三歩
3月26日。春の13回目の誕生日。靴と鞄を買ってあげよう。
地域が同じ綾ちゃんとは同じ中学校だったので、さくらは大野さんと子供たちを連れて、制服の採寸に出かけた。
春と、綾ちゃんは、初めての制服に終始はしゃいでいた。
採寸の間にさくらは、流行りのスクールバックとピカピカのローファーを買った。
今日は、入学式。
成長を見越したサイズの制服は、春を包み込んだ。
クラスメイトと入場する春の笑顔は誰よりも明るく、髪を結んだ赤いリボンは何よりも映えて見えた。
日に日に春は成長していく。母として、成長できているのだろうか。
さくらは、たまに胸がギュッと押しつぶされるくらいの重圧に負けそうになる。
春がいればなんでもいい。
この言葉に何度も助けられた。
「ママ!春、綾ちゃんと吹奏楽部に入りたい!」
「春、楽器できるの~?」
さくらは、春を少し馬鹿にした言い方でおちょくったが、自分からやりたいことを見つけた娘に心から喜びを感じた。
春はもう13歳になった。いまでもさくらは春の頬に頬をくっつける。
「いいわよ。やりたいことをやりなさい。」
大野さんと会うと、大野さんから愚痴がよく出るようになった。
娘の反抗期だ。
春には、反抗期は来ていなかった。
さくらに対し、反発や、反抗的な態度をとったことがなかった。
優しい女の子だから。
部活では、初めて、先輩や仲間ができる。うまくやっていけるかな。
大野さんとのランチ中、さくらは心配になった。
「ただいま~!ママ!春ね、フルートっていう楽器を担当することになったの。学校でレンタルできるから買わなくても大丈夫だよ!」
春は、フルートを吹くそぶりをしながら楽しそうに話してくれた。
春に、お金の心配をさせてしまった。気を使わせてしまった。
さくらはそのことが気になった。
春は、慣れないスカートをまくり上げ、晩御飯にむさぼりついた。
慣れない学校生活や部活動に相当疲れているのだろう。食べ終わると、そのまま寝入ってしまった。
「女の子は、こんなに足を広げちゃだめよ。」
さくらは、静かに呟き、春をベッドまで運んで、布団をかけた。
春が、中学生になり1人の時間が増える。
そうなると、思い出す。
夫の豹変、ここまでの逃走、借金取りの恐怖。そして、綾美と過ごした学校生活。
辛いことも楽しいことも春の笑顔で忘れかけていた。
1つだけ、絶対に忘れられないものがある。
大きな大きな桜の木。
お母さん、お父さんのこと。
さくらが生まれてすぐに死んだお母さんとお父さんとは、会ったことはないし、声を聞いたこともない。ただ、実際に存在していたさくらの両親。
お母さん、お父さん、孫の顔見せにくからね。
窓の外を眺めながらそのまま眠りについた。
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