第一歩

春はまだ1歳。母親だと認識してくれているのだろうか。してくれていたらうれしいな。さくらはお母さんとお父さんのことは覚えていない。見たこともない。写真でしか見たことがない両親は、存在していたことも知らない。しかし、心では繋がっている気がする。そんな親子になりたい。


あれから借金取りが来ることもなく、5年が経った。


やっと家にも小さなテレビを買うことができた。


最近のニュースは何でも知っている。


天気から、個人情報、芸能人のスクープ、時事問題、犯罪問題。


「誘拐された子供ら、やせこけた状態で保護。人身売買か。」


「片岡アナウンサー熱愛報道」


「自宅で夫婦の死体発見。犯人は依然捕まっておりません。」


さくらは、ニュースをよく見た。子供の事件や、殺人事件のニュースが流れると、こんな事をして何になるのかと、そのたびに怒りがこみ上げた。


春はもう小学生。


3月26日。春の6回目の誕生日。ランドセルを買ってあげよう。


貧乏な暮らしをしていたさくらと春だったが、どんな家族よりも親子の絆は深かった。


春がいればなんでもいい。


もちろん新品が買えるはずもなく、中古のランドセルを譲り受け、綺麗に装い春に背負わせた。


「ママ、ママ、早く早く!」


まだまだ、ランドセルに背負われている春は、小さな体を精一杯使って、さくらをせかしながら走っていく。


今日は、入学式。


「春、ママと写真を撮ろうか。」


「とるとる!」


このために、使い捨てカメラを買ったさくらは、校門の前に立つ「入学式」と書かれた看板の前で写真を撮った。


初めての家族写真だった。春と同じように笑えているかな。


教室に入ると、春は1人、目立っていた。


女の子は、ふりふりのついた洋服。


男の子は、えりのついた洋服でピシッと決めていた。


春は、袖がほつれ、黒ずんだ靴を履いていた。


しかし、そんなことを春は気にしなかった。


後ろを向いて、さくらに大きな口を開けて手を振った。


「おーーーい。」


そんな口の形をしていただろうか。


ごめんね。いつか綺麗なお洋服を着せてあげるからね。


そう、心に誓って笑顔で手を振り返した。


春の笑顔は、誰よりも明るく、髪につけた赤いリボンがとても綺麗になびいていた。



繋いだ手を大きく揺らしながら、学校から帰る途中だった。


「ママ、痛いよ。」


向かいから、スーツの男が2、3人歩いてくる。


彼らは、さくらたちの横を通り過ぎていく。今でも、思い出す。


「ごめんごめん。春、今日は楽しかった~?」


「たーーのしかった!友達何人でっきるかな~」


春は、小唄を口ずさみながら笑顔でさくらを見上げた。


「春、新しいリボン買ってあげようか。」


「ううん、いらなーい。春はこれお気に入りなの!」


1歳の誕生日ケーキの箱についていたリボンとは知らず、それをずっと身から離さなかった。


春は、こんなにもしゃべるようになったし、力も強くなった。


春の成長に少し涙をため込んだ。

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