兆し

主婦の朝は、早い。夜泣きで寝れないが、朝にしなければならないことが多すぎる。


さくらの目にソファにうずくまる彼の姿が映った。


たくましさも、覇気も何も感じられない。死体のような背中。悲しみさえも伝わった。


「おは、、」


言いかけた言葉を遮るように、彼は立ち上がり、話し始めた。


「さくら、会社がまずいことになった。」


彼は、ネットワークを使ったサービスを提供する会社を設立し、軌道に乗ったところと聞いていたし、業界でも、若社長として期待されている一人だった。


正直、彼がどんなことをしているのかは知らなかったし、知ろうともしなかった。


だが、彼の表情や態度を見て、今までとは違うことは感じ取れた。


「情報が漏れたんだ。個人情報が。」


個人情報を取り扱う、ネットワーク会社にとって個人情報の漏洩は致命傷になることは私にもわかる。急な、出来事に私は言葉を失った。


「会社がつぶれる。俺らみたいな小さな会社は、こういうことが起きると終わりなんだ。」


「私は、あなたと、春はいれば、、」


「そんなわけないだろう!無職になるんだ!これからたくさんのお金が出ていく。会社にある金はすぐになくなる。このままだと借金まみれになるぞ!」


また、私の言葉を遮り、大きな声で言い返した。奥では、春が泣いている。


彼は、家を飛び出した。


「いればなんでもいい。」


遮られた言葉をそっと言いきり、春のもとに駆け寄った。


「大丈夫だよ~。パパはそんな人じゃないのよ~~。」


春を揺らしながら、私自身に言い聞かせた。


その晩、彼は、たくさんの袋と、冊子を持って帰ってきた。


「俺、いつか会社をやり直したい。それまで、新しく仕事探すから。俺には、さくらと春がいる。これからもこんな俺についてきてくれるか?」


「当たり前でしょ。」


彼は、春よりも泣いていた。


「今日は、赤ちゃんが2人いるみたいね。」


さくらは、彼を強く抱きしめ、少し涙を流した。母になってから、涙もろくなってしまった。春の頬に頬を合わせ、なんとか笑おうとした。


春は笑う。よく笑う子だった。そしてよく泣く子だった。







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