第285話 オズ来訪

 突然消失した人間たち。そこに浮いていた船も、実体を失ったかのように煙のように消えていく。


「……ふむ。奇妙な人間だったな。一体何者か……」


 ヴォダラは不意に脳裏に過った存在に顔をしかめる。


「多種を率いる地球人か。……まさかな」


 チラリと、今も押し黙ったまま浮いている『呪導師』を一瞥する。


「……まあいい。此度はなかなかに稀有な手駒が手に入った。それにコレの試用運転もできたことだしな」


 懐から取り出したのは、先程砕け散ったキューブだった。


「レプリカとはいえ、一応使えることは確認できた。我がシナリオは予定外もあったものの、ある程度は順調だということだ。……さて」


 先程まで周囲を阻んでいた濃霧が消え去り、吸い込まれるような青々とした空が広がっている。船の墓場だった場所が嘘のように、何も無い大海原が佇んでいるだけだ。


「ガリブよ、私は止まらんぞ。貴様はその小さな箱庭で、いつまでも過去に囚われ生きているが良い」


 ヴォダラが手を上げると、前方の空間が歪み黒々とした渦が生まれていく。


「そろそろ次の段階へステージを進めるか」


 そして全員が黒い渦の中へと消えていった。



     ※



 【幸芽島】へ転移してきた俺たちだったが、一気に緊張が緩んでドッと疲れが噴き出た。

 何せSランクとも戦えそうな相手とやり合っていた上、さらにヴォダラたちまで出現したのだから仕方がないだろう。


「――ご主じ~んっ!」


 凄まじい速度で俺の胸の中へ飛び込んできたのはソルだった。どうやら俺がこの島にやってきた気配を察して飛んできたようだ。

 しかし勢いがあり過ぎて、受け止め切れずに尻もちをついてしまった。


「ご主人ご主人ご主人ご主じ~ん!」


 尻の痛みを感じている俺をよそに、ソルはまるで自分のニオイを俺につけるかのようにグリグリと身体を押し付けている。

 だがそこへ何者かが同じように飛び込んできて、ソルを弾き飛ばしてしまった。


 その何者かとは――イズだった。


「ちょっと良い加減にしなさいな、このダメフクロウ!」

「ぷぅ! いったいのですぅ! いきなり何するのですかぁ!」

「あなたは『使い魔』としての態度がなっていませんわ! 常々口を酸っぱくして教えているでしょう! 『使い魔』とはご主人様のご迷惑にならないような立ち振る舞いをしなければ……って、聞きなさいっ!」


 長い話は苦手なソルは、イズにお構いなしといった感じで、再び俺の懐で嬉しそうにしている。


「これは大将、戻って来たのでござるな…………何かあったのでござるかな? 新顔もいるようでござるし」


 そこへカザまで登場し、当然のようにオズの姿に注目する。


「そういえばその方はどなたですか? 何やら不気味な恰好をしているようですが」

「ぶ、不気味!?」


 正直過ぎるイズの発言に、オズは意気消沈する。

 オズが立ち直るまでの間、俺がイズたちにオズの正体と、これまで何をしていたかを詳しく教えてやった。


「――そのようなことがございましたのね。そう……〝霊鬼〟、ですか」

「そうか。イズなら何か知ってるかもか」

「ああいえ、わたくしも〝霊鬼〟に関してはあまりお役に立てないですわ。そもそも〝霊鬼〟という存在自体が稀有であり、文献としても後世にあまり残っておりませんの」

「そうだったのか。その中でよくシキは知ってたな」

「……それがしは一度相対したことがあります故。ただその時は自分の無力に嘆くだけで終わりましたが」


 どうやら〝霊鬼〟に有効な手が思いつかずに、何もできずに終わってしまったようだ。


「しかしまさか例の『呪導師』と対峙されたとは……ご無事で何よりですわ」

「そうそう、ご主人! 怪我とかないです?」

「二人とも、ありがとうな。この通り、怪我はねえよ」


 俺の返事に、イズとソルが揃ってホッと息を吐く。


「それで大将、これからどうするのでござるかな?」


 カザの発言は、この場にいる誰もが思っていることだろう。

 そして俺がオズを見ると、全員の視線が彼女へと向く。


「ふぇ? ……え? なになに? ボクが何かしたのん?」

「いや、お前は当然ドワーツを助け出したいんだな?」

「もちろんだよん! だって…………ドワーツはわたしの船長だもん!」

「……そうか。だが正直、今すぐにってのは無理だぞ」

「ど、どうしてなのん?」

「ここへ来る前に言ったろ?」

「? ……! そ、そういえばここはどこなのん!?」


 今更ここがどこなのか気になったようだ。


「ここは俺の島――【幸芽島】だ」

「ボーチの……島? も、ももももしかしてボーチも海賊だったのん!?」

「いや、何でそうなるんだよ」

「主様、海賊というものは自分たちの拠点となる島を持っているらしいのです」


 イズの説明によると、異世界における海賊という存在は、必ずと言っていいほど身を寄せるための拠点を持っており、その多くが島というパターンばかりだという。

 そういやドワーツも島を持ってたって言ってたな。


「そういえばオズは、ここが……っていうがこの世界のことを教えなきゃならなかったな」

「こ、この世界?」


 困惑しているオズに、ここがオズたちが住んでいた世界ではなく、異世界である地球という惑星だと説明してやった。




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