第280話 オズの依頼
「……壮絶だな」
オズから話を聞いた俺は、そのあまりにも激動過ぎる過去に息を飲んでいた。
これが伝説の海賊――ドワーツ・テイラーの人生。
俺も普通の奴よりは不運な出来事を経験してきたが、彼の人生は俺よりも苛烈で比べることすら烏滸がましく思えるほどだった。
理不尽に家族を奪われ、第二の親でもあった人物をも失い、最後にはまた家族を殺された。
本当に言葉にならないほどの悲劇でしかない。
そしてそんな男の生涯を……コイツは見届けてきたわけか。
物悲し気に顔を俯かせているオズを見る。ドワーツの足になり、これまで多くの大冒険をしてきたはずだ。
辛さも苦しさも、また楽しさも喜びも分かち合ってきただろう。
だからこそご主人であるドワーツが最期を迎えた時は辛かったはずだ。
「……ん? いや、だが俺は確かこう聞いたぞ。ドワーツは病気になって一人船を降りたって。あれは……」
「……恐らく後世に語り継がれていく間に少しずつ曲解されていったのであろうな」
気づけば意識を取り戻していたのか、ヨーフェルが言葉を発していた。
「しかし事実はまったく別物だったとはな。まさか帝国が人質を取って、海賊を毒殺していたとは……」
まあ確かにそのまま伝わったら外聞が悪いだろうな。やっていることは賊と何ら変わりないのだから。
もしかしたら真実を捻じ曲げて伝えたのは帝国だったのかもしれない。
「だが気になるのは、オズが言ったドワーツを救ってほしいということだ。オズ、ドワーツは死んだんじゃないのか?」
少なくとも彼女の口から今そう聞いたばかりだ。なのに助けてほしいとは一体どういうことなのだろうか?
「……船長は……ドワーツは死んでるけど……まだ生きてるんだよん」
「? ……詳しく聞かせてくれ」
「それは――」
オズが再び語ろうとした直後、船首の方から、まるで雷が落ちたような音と光が迸った。
「な、何だ!?」
「殿、お下がりください! ……向こうに何かいます」
シキが船首の方を睨みつける。
イオルも何かを感じ取ってか、俺の腰にしがみついて怯えており、ヨーフェルもまた険しい顔つきで警戒態勢を取っていた。
「……やっぱり……まだ苦しんでるんだねん……船長」
たった一人、オズだけが船首の方を見て悲痛な声音を発していた。
「どういうことだ? 船首の方に誰かいるのか?」
「……うん。良かったら案内するからついて来て欲しいのん」
そう言われ、俺たちは甲板に降りると、オズの先導で船首へと向かうことにした。
階段を上り、そしてその先に見た光景に絶句する。
そこには全身からけたたましいほどの放電現象を起こしている人物の背中があった。
そしてゆっくりとその人物が振り返り、その全貌が露わになる。
ドクロマークが入った血のように真っ赤なバンダナを巻き、雄々しさを感じさせるほどに大きな真っ黒いコートを着用した――――――骸骨が立っていた。
右手にはマチェーテのような剣を装備し、左手にはダブルバレルの銃を所持している。
「ゴォォォォォォォォォォォッ!」
頭蓋を空に向けて大きく口を開き咆哮を上げる骸骨。凄まじい気迫に押されそうになるが、それよりも何とも悲しい響きだろうか。
まるで決して到達できない頂きを見上げながら、それでも苦しそうに手を伸ばしているかのような雰囲気を感じる。
「……船長」
「!? まさか……アレがドワーツなのか?」
「そうなのん。あそこにいるのが……我らがドワーツ海賊団の船長――ドワーツ・テイラーその人だよん」
まさかと思っていたが、不意にさっきのオズの発言の意味が分かった。
死んでるけど生きてるというのは、こういうことだったのだろう。
「どういうことだ? 何であんなことになってる?」
「……ここじゃ見つかるかもしれないから、少し離れるのん」
俺たちはオズに案内され船内へ入ることになった。こんな状況でなければ、海賊船の中を自由に観察して回りたいくらいだ。
様々なギミックもあるらしく、是非とも詳しく知りたいが、今はとにかく変わり果てたドワーツのことを聞き出すことが先決だった。
クルーがよく談話していた大部屋へと案内され、そこのテーブル席に俺たちは着く。
「オズ、死んだはずのドワーツがあの骸骨だってんなら、何があってこんな状況になってるんだ?」
「確かにドワーツは死んだのん。あの時……それは間違いないよん。そしてボクは、最後の力を振り絞って、ドワーツをボクたちの拠点がある島へと運んだのん」
その島こそ、例のドワーツの遺産が隠されている場所らしい。そこでは何度も仲間たちと一緒にバカ騒ぎをした〝家〟そのものだった。
だからドワーツの最期に相応しいと思い、今にも崩れそうな身体を耐えてオズは島へと彼を運んだのである。
しかし島に到着するや否や、オズもまた限界が訪れ崩壊した……はずだった。
それから何年経ったかは定かではない。死んだと思ったオズに、不意に意識が蘇り、気づけば今のような幼女の姿になっていたのだという。
目を覚ました場所は、ボロボロになって朽ちたはずの《オズ・フリーダム号》の上。しかもどこぞと知れぬ海上で彷徨っていた。
困惑するオズの前に、さらに驚愕する現実が飛び込んできた。
船首の方で、何者かがいる気配を察し確認したところ、そこには白骨化したドワーツが立っていたのである。そして今のように暴走し、ただただ咆哮を上げていた。
「……なるほど。もしかしたらドワーツ・テイラーは、〝霊鬼〟と化してしまったのかもしれませぬな」
「れい……き? シキ、どういうことだ?」
聞き慣れない言葉の意味を俺は問い質した。
「強い想念を持ったまま死んでしまった存在が、再びこの世に復活する現象です。ただし肉体は滅び、魂だけの存在。いわゆる霊体というやつです」
「幽霊ってことか?」
「左様。しかし恐らくそれは……オズ殿のような存在のこと。〝霊鬼〟とはその霊体が、生前の想念に呑まれ、自我を失い鬼と化してしまうことです。鬼になればただただ自欲を満足させるためだけに動く」
「つまり暴走してるってことか」
シキが俺の言葉に首肯する。
「無論あのような〝霊鬼〟にまで堕ちてしまうことは稀。余程この世に強い未練を残しておるのでしょう」
シキの話を聞いて「……船長」と物悲しそうにオズが呟く。
「オズ、お前の頼みってのは、ああなったドワーツを止めてほしいってことか?」
「うん……船長がいつまでも苦しんでる姿なんて見たくないのん。もう……ゆっくり休んでほしいんだよん」
カボチャの被り物の中からすすり泣く声が聞こえてくる。
「……マスター、どうにかしてやれないか?」
「ヨーフェル? お前、相手は幽霊なのに大丈夫なのか?」
「そ、それはちょっと怖い……ごほん! いいや、あのような姿……私とて見ているのは辛い。あの者から伝わってくるのだ、怒り、悲しみ、辛いと嘆いている声が」
「ぼくも……あの人、すっごく痛がってる」
今もなお叫び続けている声音を聞いていると、ヨーフェルもイオルも、心が切なくなってくるという。感受性の高いエルフならではといったところであろうか。
「一度引き受けた仕事だ。途中で投げ出すのは俺の美学に反する」
「! マスター、では」
「ああ、きっちり依頼を達成するつもりだ。だがオズ、見返りはちゃんともらうからな」
「ほんとに……ほんとに船長を助けてくれるん?」
「こう見えても、今までの依頼率は100%でやってるんでな。任せておけ」
「! うん! 船長を助けてくれたら、ボクは何でもするよん!」
よし、これであとは依頼を達成するだけだ。
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