第279話 ドワーツの一生

 ドワーツ・テイラーという男は、大国の一画にあるスラム街で産声を上げた。


 両親は冴えない農夫ではあったが、貧しくもその日何とか生きていけるだけの糧くらいは得られていたのである。




 しかしドワーツが七歳の頃。大国では大規模な都市開発が行われ、その折にスラムを街から消し去る計画も実行された。


 貴族主導による貧民の排除である。国家を穢す存在として、ドワーツたちは認められなかったのだ。




 そして兵士たちの襲撃で家は焼かれ、反抗する者たちは皆殺されていく。その中にはドワーツの両親もいた。


 父が殺され、母もまた大怪我を負わされる。そんな母だが、それでも愛するドワーツのために必死に街から逃げ森のなかへ。ドワーツを魔の手から救うことができた。




 だがドワーツの母は、結局力尽きてしまい帰らぬ人となってしまう。


 ドワーツはたった一人で、見も知らぬ森で暮らすことになったのである。


 しかしドワーツには生まれつき稀少な力が備わっていた。




 それは〝異能〟と呼ばれ、人間にとって極めて珍しい力とされている。


 後の世では、それは――《スキル》と呼ばれるものだった。


 ドワーツのスキルは、天気の力を体現することができる《天現》というもの。


 彼は森で命の危険に晒された時、その力を覚醒させて生き延びたのである。




 そして彼は両親を殺した国に復讐心を抱き、いつか報復することを胸に生きると決めた。


 そんなある日のことだ。彼に転機が訪れることになる。




 森に住む獣のような子供というドワーツの噂が広がり、国が調査に赴いてきたのだ。そこでドワーツを発見し、無論彼は相手が国だということで復讐心が爆発し対立することに。


 だがまだ幼く、力も満足に使えないドワーツは、数の暴力に徐々に追い込まれていく。




 そして追い詰められ、兵に殺されそうになった時、一人の男性が彼を救ったのである。


 その男こそ、ドワーツがもう一人の親と称するほどに尊敬したオルバース・リードだった。


 オルバースは国家の敵とされていた海賊であり、たまたま帰郷していた矢先に、この騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのだ。




 オルバースは、ドワーツを兵たちの手から救い出すことに成功する。


 そこでドワーツから、彼がこれまで経験してきた悲劇をオルバースは聞くことになった。




 するとあろうことか、オルバースがドワーツを自分の船に乗らないかと誘ってきたのである。


 自分もまた国家と敵対する存在。立場は同じだと。もし生きて、そして強くなりたければついてこいとオルバースは言った。




 ドワーツは復讐を成し遂げるためには力が必要だったこともあり、その申し出を受けることになる。


 こうしてドワーツは、海賊見習いとしてオルバースの船に乗ることになったのだ。




 それからオルバースや彼の仲間と航海し続けていくうちに、少しずつだがドワーツの荒んでいた心が無邪気な少年のものへと戻っていったのである。


 オルバースは海賊といっても、無暗に暴力を振るうような荒くれ者ではなかった。その多くは、世界を冒険し、まだ見ぬ宝を見つけゲットするための集団。




 ただ海賊旗を掲げ、帝国に逆らっていることから、世界の敵として認識されているだけ。


 それでもオルバース含めクルーたちは、危険ながらも退屈しない毎日を大いに楽しんでいた。




 そしてドワーツもまた、海賊という存在に惹かれていき、いつか自分もまた自分だけの海賊を作りたいと思うようになってきたのである。


 いつしかドワーツは、オルバースを親父と呼ぶようになり、クルーたちを家族同然のように慕い始めた。




 そんなドワーツが十五歳になった頃、再び彼にとっての転機が現れる。


 オルバースから独り立ちをするように言われたのだ。そう、オルバースもまた、ドワーツが自分の海賊を行いたいと思っていることに気づいていたのである。故に彼は、ドワーツの背中を押してやったのだ。




 ドワーツはそんなオルバースの親心に胸を打たれつつも、自分だけの海賊を作るために船を降りる決心をして、一人で海に出たのである。


 その頃のドワーツにはもう、帝国への復讐心は薄らいでいた。そんなことよりも、一人前の海賊になって、自分の船を持つことしか考えていなかったのである。




 そうしてドワーツは、旅を道中で、仲間を得て、船を得て、どんどん海賊として名を上げるようになっていた。


 気づけば彼も二十五歳になっており、船にも多くの仲間たち……いや、家族たちが乗っていた。




 かつてすべてを奪われた男は、世界の敵である海賊となりながらも、再び温かい家族を手に入れることができたのである。


 そして《オズ・フリーダム号》との出会いも、ちょうどそんな時だ。これまで貯めた莫大な資金を使って最高の船を造り上げたのだ。




 ドワーツの乗る《オズ・フリーダム号》の名は瞬く間に世界の海を駆け巡った。


 世界最悪の男として帝国に反旗を翻すドワーツと、世界最高の船としてドワーツを支える《オズ・フリーダム号》。




 世間の話題は、この二つで湧いていた。


 それから十年後、またまたドワーツに転機が訪れる。




 かの『世界最悪の生みの親』と称された人物が処刑されるというニュースが飛び込んできたのだ。


 そのニュースを聞いたドワーツは愕然としてしまう。




 それもそのはずだ。何せ『世界最悪の生みの親』というのは、自分が親父と称して慕っているオルバースのことだったのだから。


 当然彼を助けるためにオルバースは動くことになる。




 公開処刑が行われる街へと、ドワーツは辿り着く。


 だがそれは帝国の罠でもあった。オルバースを餌にして、ドワーツを誘き寄せるための。


 たとえそれでも、目の前で処刑されそうになっている親を見捨てるなんてドワーツにはできなかった。




 必死にオルバースの仲間たちとともに救い出そうとするが、仲間たちは次々と殺されていき、やがて疲弊したドワーツにも帝国の凶弾が襲い掛かる。


 危うく殺されてしまうというところに、オルバースが最後の力を振り絞ってドワーツを庇って倒れてしまったのだ。




 そしてオルバースは、ドワーツの腕の中で死んでしまう。


 またも帝国によって、大切な親を……家族を奪われたのである。




 そんな喪失への衝撃で、ドワーツのスキルが暴走し、天災そのものとなったドワーツによって、地面は裂かれ、建物は崩壊し、街全体が海に沈む結果となった。


 その最中に、ドワーツの仲間たちが《オズ・フリーダム号》とともに駆けつけ、何とか彼だけは救うことができたのである。




 しかしこの大事件から、ドワーツの悪評はさらに高まり、ここから帝国との長い長い戦いの歴史が繰り広げられることになっていく。


 そしてそれから十年後、ドワーツが四十五歳になった時には、度重なる戦いのせいもあり、クルーたちも疲れ切っていた。




 同じように《オズ・フリーダム号》も、まだ航海はできるものの痛々しい姿になっていたのである。


 それでもまだクルーたちは海賊を止めはしなかった。最期の最期まで、ドワーツとともにあると。そう言ってくれたのである。




 だが帝国は非常にも、そんなクルーの身内を人質に取って内密に脅迫し、スパイとして利用して、ドワーツたちをある島へと誘き出すことに成功するのだ。


 そこは『終焉の孤島』と呼ばれる島で、ドワーツ海賊団が終わりを告げた島として語り継がれている。




 その島で待ち構えていた帝国によって、ドワーツたちは壊滅させられてしまうのだ。


 帝国が開発した猛毒を散布され、次々とクルーたちが沈んでいく。


 ドワーツも最期を覚悟したが、またも仲間によって自分一人だけが《オズ・フリーダム号》とともに逃げ伸びることになった。




 しかし毒を浴びてしまったドワーツもまた、航海中に死に瀕していたのである。


 だが誰も彼を治せる者はいない。


 傍にいるのはボロボロになって、もう舵さえ取れない《オズ・フリーダム号》のみ。




 ドワーツは、それでも仲間たちのもとへ戻ると決意し、船の舵を手に取る。


 だがとうとう命に限界がきてしまったのか、そのままの状態でドワーツは息を引き取ったのだった。








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