第276話 濃霧の海域

「んー俺だけじゃしんどいな。イオルたちも手伝ってくれ」




 俺は彼らにも《鑑定鏡》を渡す。イオルはやる気十分だが、明らかにヨーフェルは渋々といった感じだ。


 シキにも影から出てもらい、同じように捜索に専念してもらうことにした。




 それと《サーチペーパー》にも活躍してもらおうと思い、《オズ・フリーダム号》の特徴を書いて飛ばした。


 これでもしこの世に《オズ・フリーダム号》が存在するなら、時間次第で見つけてくれるだろう。




 まあ数日前にここら周辺で発見されたという話だから、すぐに見つかると思う。




 だからとりあえず俺たちも、《ジェットブック》をゆっくり飛行させながら探すことにした。


 だが一時間、二時間、三時間と経ったが、目ぼしいものは見つからない。マッハ3以上で飛ぶことができる《サーチペーパー》からも反応が返ってこない。




「しょうがない。ちょっと小休止だな。弁当タイムといこうか」


「そう言えばもう昼時ですな」


「おお! 楽しみだな、イオル!」


「うん。ヒロさまがくれるおべんと、とってもおいしいから……すき」




 俺は《ショップ》スキルで購入した駅弁を、二人の前にいろいろ出してやる。




 小さい頃、親父といろいろ旅行した際に、当然いろんな駅を利用した。そこで楽しみだったのは、ご当地の弁当である。




 弁当は日進月歩で、どんどん種類は豊富になっていき味だって向上している。その中で、俺が気に入っている弁当を幾つか用意していた。




「これは新潟県にある《まさかいくらなんでも寿司》という駅弁だ。ます、さけ、かに、いくらをふんだんに使用してて、ボリューム満点の一品だぞ」




 開いて見せてみると、二人は感動げに声を上げる。


 酢飯の上には、それぞれの魚介が区分けするように載せられていて、色合いだけでも見ていて面白い。




「次に宮城県の《牛たん弁当》だな。これは箱についてる紐を引っ張って少し待つと、熱々になった弁当を楽しめるんだ。牛タンも結構な数入ってて肉汁も上手い。飯に良く合うガッツリ系の駅弁だな」




 やはり何といっても熱いまま食せることが素晴らしい。そのお蔭で香る肉の香りに食欲はそそり、量も申し分がないので人気の高い駅弁だ。


 ただまあ、二人はあまり肉を食わないので少し興味薄ではあるが。




「そしてこれは愛知万博の時に売られた《日本の味博覧》」


「わぁ、いろんなものがはいってる……」


「うむ、これは一口一口楽しみだな」




 二人が目を奪われるのも仕方ない。何故ならこの弁当の中には、季節の変わり目によって入れられる具材が変化し、多種多様なものが敷き詰められているのだ。今までは一番品数が多い弁当であろう。




「最後は広島県の《あなごめし》だな。これは上にぎっしりと置かれたあなごが特徴的だ」


「おーたしかにいっぱいある」


「これは魚……か。これなら私たちもガッツリ食べられそうだな」




 ふっくらとしたアナゴの白焼きに、さっぱりとしたタレが相性抜群の箸が止まらない逸品である。




 まだまだ俺が美味いと思った駅弁はたくさんあるが、とりあえず今日はこれくらいにしておこう。




「うむっ! 私はこの《日本の味博覧》が気に入ったぞ! 多様な食材を楽しめるし、量的にもちょうど良い!」


「ぼくは……これ」




 どうやら《まさかいくらなんでも寿司》を、イオルはお気に召したらしい。




 ちなみに俺はやっぱ《牛たん弁当》だな。腹減ってたからガッツリいきたいし、何よりも肉の魅力には勝てない。もちろん《あなごめし》も捨てがたいが、これはシキが是非とも食べたいらしく、綺麗に皆でそれぞれ分かれることになった。




 そして空箱になった弁当を《ボックス》に収納していると、不意にイオルが「あ!」と、珍しく大きな声を上げたのである。


 当然何事かと思って聞いてみると、イオルが「あそこ」と言って指を差した。




 その先には海面が見えない場所が存在した。というよりも、周囲を濃霧が覆っていて確認できなくなっているのだ。




「霧……確か例の幽霊船が現れるのは霧深い海域だって言ってたな」


「うん。ぼくも……そうきいた」


「それがしもそのように耳にしました」


「ヨーフェルは……って、お前なぁ」




 見ればヨーフェルは両手で目を塞いでしゃがみ込み、




「違う違う違う違う。あれはただの霧だ。決して幽霊船が現れる霧じゃない。絶対に違う。ああ違うとも」




 などとブツブツ呟いている。……放っておこう。




「まあいい。とりあえず確かめるために霧の中に突っ込むか」


「ええぇっ!?」




 いやそんなに驚くことか、ヨーフェル……?




「も、ももももももし、いや、万が一、いいやっ、億が一、有り得ないかもしれぬが、幽霊船が現れるような霧だったらどうするんだマスターッ!」


「だったらラッキーじゃないか」


「不幸に決まっているだろぉぉぉぉっ!」


「お姉ちゃん……うるさい」


「ふむ。ヨーフェルにも苦手なものがあったとは」




 誰しも苦手なものくらいは存在するだろうが、まさかヨーフェルが幽霊を恐れているなんて。クールビューティという名に相応しい振る舞いをいつもしている彼女だが、存外子供っぽい弱点が見えて少し可愛らしく思う。




「安心しろ、ヨーフェル。ちゃんと調べながら行くから。それに怖ければ俺の傍を離れなきゃいいだろ」


「うぅぅ……マスタァ……」




 ギュッと後ろから俺に抱き着いてくるヨーフェル。いや、離れるなって言ったがそういう意味じゃ……まあいいか。




 俺は《鑑定鏡》で霧を調査してみる。




 しかしザザザッと、まるで砂嵐が映っているかのような光景になり鑑定ができない。まるで何かしらの力が、あの霧に働いているかのようだ。


 ただの霧ならこんなことは起きない。ということは……。




 ……当たりだって可能性が高いか。




 ならばなおさらこのまま放置はできない。せっかく見つけた財宝ゲットのチャンスなのだ。


 船の墓場というくらいだ。もしかしたら壊れた船の中にはお宝が眠っているかもしれない。


 しかし不気味な領域であることも確かだ。警戒して進む必要がある。


 何かあったらすぐに離脱できるように《テレポートクリスタル》も常備しておく。




 そんな感じで、何が起きても対処できるように準備をしてから《ジェットブック》で乗り込むことにした。








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