第270話 危険察知

「あ、鳥本じゃない! どこに行ってたのよ!」




 すると目ざとく俺を見つけた釈迦原が近づいてくる。




「おや、もう眼帯はしてないんだね」


「うっ……もういいのよ。もう……必要ないから」




 あの眼帯は過去の因縁。眼帯を外したということは決別を意味していた。




「ってか、それよりもアンタにはいろいろ聞きたいことがあるのよ!」


「ち、近いなぁ」


「そんなことはどうだっていいのよ!」




 えぇ……男が嫌いで近づきたくないって言ってなかったっけ?




「もうケイちゃん! 鳥本様が困ってるでしょ!」


「り、凛羽!? だ、だって……凛羽だって気になるでしょ? あのぬいぐるみとか、鳥本が人形になった件とかさぁ」


「そ、それはそうだけど……」




 二人がチラチラと説明して欲しそうな眼差しを向けてくる。まあ別にもうバレた以上は隠す必要もないのだが。




 ただハッキリ言って面倒なので、できればこのままスルーしていてほしい。




「あ、あの鳥本様……言い難いことかもしれませんが、一つだけ教えてほしいんです」


「何だい、沙庭さん?」


「その……鳥本様は私たちを助けるために頑張ってくれたんですよね?」


「……そうだね」




 この二人に関しては小百合さんに依頼されたからだが。まあ沙庭にプレゼントしたあのぬいぐるみについては、世話をしてもらっている礼として与えただけだ。




 アレは《お助けぐるみ》といって、一度だけ持ち主の危機に手助けしてくれるぬいぐるみである。




「! ……だったらそれでいい、です」


「ちょっと凛羽、ホントにいいの?」


「うん! だって鳥本様がいろいろ不思議なのは今に始まったことじゃないでしょ?」


「それはそうだけど……」


「私たちは命を救われた。鳥本様は恩人。それだけでいいんだよ」


「……うぅぅぅ、もう分かったわよ! 鳥本!」


「……何?」


「……その…………感謝してるわ。助けてくれて…………ありがと」


「ありがとうございました、鳥本様!」




 どこか軟らかくなった釈迦原。満面の笑みで頭を下げてくる沙庭。




 思えば二人とは結構な期間一緒にいたような気がする。しかも流れで二人の過去をも知ることになった。別に友情めいたものは感じていないが、それでもこうして無事に生き抜けたのなら、これからもその生を全うしてほしいくらいには思う。




「気にしなくていいよ。二人はこれからどうするんだい?」


「私たちは教祖様……いいえ、小百合様とまた頑張ろうって決めました」


「そっか。険しい道のりだろうけど、今の君たちならできるかもしれないね」


「はい! 今度は人殺し集団じゃなく、みんなで生き抜くためのコミュニティとして頑張るつもりです!」


「フン、アタシはまだ男を許したわけじゃないけどね」




 どうやら釈迦原も、自ら進んで男殺しをするつもりはなさそうだ。本当に人は変わるものだな。




 そこへ沙庭が少し待ってほしいと言ってその場を離れ、紙袋を持って戻ってきた。そしてその中から赤いマフラーを取り出して俺に手渡してくる。




「もう一度……受け取ってくれますか?」


「いいのかい?」


「はい。その……人形さん、じゃない本物の鳥本様に受け取ってほしいんです」


「……ありがたく頂くよ」




 隣で断ったら承知しないって顔をしてる怖い女子がいるからな。


 俺はさっそく首に巻くと、沙庭が嬉しそうな表情を浮かべた。




 すると医療担当である朝峰が姿を見せる。どうやら彼女も助かったメンバーの一人だったようだ。




「度々あなたには感謝してもし切れません。あなたの薬がなければ今頃亡くなっていた者もいたでしょう」


「いえいえ、こちらとしても依頼として行ったことですからお気になさらずに」


「ありがとうございます。それとこの子たちも危うかったところを助けてくださったとか。ふふ、凛羽さんなんか他の人たちに胸を張りながらあなたのことを口にしてましたから」


「ちょっ、優菜さん! 言っちゃダメですからぁぁ!」


「ふふふ、けれど何度もあなたのピンチを救ってくれるなんて、本当に王子様みたいね」


「そ、そんな……王子様だなんて……。それに私なんてお姫様みたいに可愛くないし」


「あら、そんなことないわよ。凛羽さんは可愛いわ。それに最初にあなたを救った時なんて、本当に王子様とお姫様のワンシーンを観ているかのようだったもの」


「へ? ど、どういうことですか?」




 え? あれ? これちょっとマズくね?




「ん? もしかして誰にも聞いてないの? 鳥本様が、あなたに口移しで薬を与えたことを」


「ふぇ? く、く、口移し……? わ、私に……誰が、ですか?」


「だから鳥本様よ鳥本様」


「鳥本様が私に口移し…………きゅ~」


「ちょ、ちょっと凛羽! しっかりしなさいっ!」




 瞬間的に顔を真っ赤にして頭から湯気を噴出させた沙庭が、目を回して倒れそうになったところを釈迦原が受け止めた。




「て、ていうか口移しってどういうことよっ! やっぱそうだったのね!」




 どうやら前にこの話題が上がった時に釈迦原にはバレたかもと思っていたが、本当に勘づいていたようだ。




「あ、あれ? もしかして二人とも本当に知らなかった……の?」


「知らないわよっ! い、いやもしかしてとは思ってたけど……って、ちょっと鳥本! って、アイツどこに行ったのよ! 鳥本ぉぉぉぉっ!」




 危ない危ない。まさかもう忘れていた過去がこんなところで暴露されるなんて。


 今出て行けば絶対に釈迦原に殺されてしまう。




 俺は診療所の扉の向こうからそっと様子を見ながら溜息を吐く。








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