第269話 痛々しい結末

「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!? 腕がぁぁぁっ、腕がぁぁぁぁっ!?」




 シキに切り飛ばされた腕が地面に落ち、そのせいで襲い掛かってくる激痛に押倉は嘆き喚いている。




 俺はそんな光景を見て、ある記憶が蘇る。


 そういえばアイツの最後とよく似てるな。




 それは俺が初めてこの手で人を殺した時のことだ。


 そう――その時も、あの《爆裂銃》でトドメを刺したのである。




 そしてそいつもまた、両腕を失ったことで絶望の表情を浮かべていた。




「……本当に救いようがないわね、アンタは」


「!? ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」




 もう反撃の余地はないと悟ったのか、必死に立ち上がってた押倉が、そのまま逃げ出そうと駆ける。


 だがその背中に向かって、釈迦原が照準を合わせた。




「――――バイバイ、クソ野郎」




 力強く引き金を引いた直後、銃口から真っ直ぐ弾が放たれる。そしてそのまま押倉の身体に触れた瞬間に大爆発を引き起こした。




 まさにあの時と同じ光景になったな。




 釈迦原が俺、押倉が王坂だ。




 悲鳴一つ上げることなく、一瞬にして爆散した押倉。


 その場で燃え上がる火の手をぼんやりと見つめる釈迦原に、背後から近づいてそっと抱きしめたのは沙庭だった。




「……終わったわよ、凛羽」


「うん……うん……うんっ」




 二人は決着のついた過去を祝うかのようにギュッと抱きしめ合う。


 俺は天を仰ぐ。




 今頃は恐らく事前に連絡をしておいた『平和の使徒』が到着し、残党どもを制圧していることだろう。




 そして実際に、三人で教会に戻ると、思った通り『平和の使徒』の活躍によって、押倉の部下どもは殲滅されていた。




 こうして『宝仙組』の残党による教会襲撃は幕を下ろしたのであった。


















「――――なるほど。つまりは教会を抜けた狩猟派が、押倉たちに情報を流したと」




 俺は現在大鷹さんから、今回の事件が起こった背景について聞いていた。


 大鷹さんは押倉の部下を数人ほど殺さずに捕らえ、彼らから話を聞き出したのだという。




 そしてそれをこっそり俺に教えてくれた。




「このことを小百合さんには?」


「伝えてねえ。……まさか元仲間が裏切ったなんて簡単に言えねえよ」


「っまあ……そうでしょうね」




 だから人間は嫌いだ。心の底から信頼が置けない。家族とも呼ばれるような絆があったにもかかわらず、結局はこうして裏切るのだから。




「けどよ、何でわざわざ狩猟派……加賀屋がこんなことをしたんだと思う?」


「それは…………まあ、俺の排除が目的でしょうね」


「……やっぱりか」




 加賀屋は、俺の存在を危険だと言っていた。味方にならないなら絶対に殺すつもりだったはず。


 だから『宝仙組』の残党と接触し、彼らを焚きつけたのだろう。




 俺ごと、自分について来なかった小百合さんたちを抹殺するために。




「いいのか? このことを知られたら、今度は教団に逆恨みされるんじゃねえか?」


「元々ここに連れてきたのは小百合さんですよ? 俺がいたから狙われたというなら、受け入れた教団そのものの落ち度でしょう。それにいずれはこうなってましたよ。教団は明らかにやり過ぎてましたしね。つまり俺のことは単なるきっかけの一つに過ぎなかった」




 今回は敵討ちをしようとして乗り込んできたのはヤクザだったが、それが当然一般人たちだって十分考えられた。何せ教団は、何の罪もない男たちを殺していたのだから。その恨みだってデカイ。




 もしかしたら近いうちに、そういった被害者の家族たちが決起し襲撃してきた可能性だってもちろんある。




「ドライだなぁ、おめえさんは」


「ドライじゃないと、こんな世界でやっていけませんよ。それに真実がどうであれ、加賀屋たちが、元仲間を売ったのは事実でしょう」


「……まあな。酷え話だ」


「人を信じて得た結果がそれです。これで小百合さんも理解したでしょう。人間に期待するのはバカを見るだけだと」


「鳥本……お前」


「とはいえ、襲撃事件がもたらした被害は大きい。信者の生き残りも少ないらしいですね」


「……ああ」


「これから彼女たちはどうするんでしょうね」


「一応俺たちが再建の手を貸すつもりだ」


「……本当にお人好しですね、あなたは」




 傭兵時代、彼もまた人に裏切られたりしてきたはずだ。それなのに、まだ他人を信じ期待している。きっと彼も、福沢丈一郎と一緒で人間が好きなのだろう。




「田中さんたちがやってきたことは許されねえことだ。けど……彼女たちにも生きる権利がある。そして生きたいと願っている。なら手を貸してやるのが人情ってもんだろ」




 人情……か。俺には縁遠い感情だろうな。




 もう俺は人と人の繋がりの中で、損得勘定しか働かなくなっている。




「そういや嬢ちゃんたちが探してたぜ」


「嬢ちゃん?」


「ほら、お前の護衛って言ってた」


「あぁ、釈迦原さんたちですか」


「おう。今あの子たちはお前にもらった薬で、他の信者たちの治療をしてるはずだ。行ってやったらどうだ? そこに田中さんたちもいるみてえだしよ」




 どうやら釈迦原たちは、例の診療室になっている建物の中にいるらしい。


 小百合さんには用事があるし、少し顔を見せていくか。




 俺は大鷹さんに別れを告げると、そのまま目的地へと向かった。


 道すがらあちこちに血痕が確認され、ここがついさっきまで戦場だったことを思い知らせてくる。




 また広場の一画には、寝袋のようなシートで覆われた物体が並べられている。それらはこの戦いでこの世を去った者たちだ。さすがに数が多い。




 戦闘に慣れていなかった者たちが、急襲を受けたのだ。当然の結果といえよう。


 診療室へ到着し中へと入ると、すでにあらかた治療は終わっているのか慌ただしさはなかった。




 ……百人以上いた信者も、今や十人ほどになったか。




 皆を家族として見ていた小百合さんにとっては悲痛な光景であろう。






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