第268話 釈迦原の瞳

『お前は小百合さんたちの護衛を』


『ぷぅ!』


『小百合さん、ここからはこの子と一緒に行動してください。大丈夫、この子なら軍隊相手でも戦えますので』


『そのフクロウ……が、ですか?』


『これでもモンスターなので』


『『!?』』




 驚愕したのは小百合さんだけじゃなく蒼山もだ。




 ソルには護衛とともに小百合さんたちが俺の目から逃げないようにするためでもある。蒼山が俺を遠ざける可能性があるからの配慮だ。




 こんな感じの一幕があり、俺はあとをソルに任せて釈迦原たちを追ったのである。


 そして水路へと出て、地面に付着した血痕や銃声の音を辿って釈迦原たちを見つけた。




 すでに押倉たちに殺されそうになっていたが、何とか間に合ったというわけだ。




「ぐぅっ、お、お、お前はさっき死んだはずだろっ!」




 血が噴出している腕を庇いながらも、押倉が俺を睨みつけてくる。




「死んだ? 君が撃ったのは人形だろ?」


「そ、それは……っ」


「少々混乱するのも分かるけれど……それを全部説明する義理なんてないよね? それに説明したところで無意味さ」


「む、無意味?」


「ああ。何せ君はこれから……死ぬんだから」




 容赦をするつもりはない。何せコイツ自身の口から釈迦原に対して行った非道を知ったのだ。それに今回のことも。生かす意味がまったくない。




「ひぃっ!?」






 俺が一歩ずつ押倉に近づく度に彼は怯えて後ずさりをする。




「……だがまあ、これは俺の役目じゃないかも、な」




 俺は視線を釈迦原へと向ける。




「どうする、釈迦原さん? このまま俺が殺してもいいというならするけど?」




 この男を最も憎んでいるのは彼女だろう。故にトドメを刺す資格があるというなら、一番は彼女である。




「ケイ……ちゃん」


「凛羽……」




 呆気に取られている釈迦原の手を、不安そうな顔でギュッと握りしめた沙庭。そんな沙庭の手を「うん」と頷いて力強く握り返し立ち上がる。




「コレを貸してあげるよ」




 俺は《爆裂銃》を彼女に手渡してやる。彼女は「ありがと」と言ってそれを受け取り、押倉に近づいていく。




「ちょっ……ま、待ってくれよ桂華!」




 顔色を真っ青にしながら釈迦原と距離を取ろうとして後ずさるが、どんどんその距離が縮まっていく。


 そして一定の距離を保ったところで釈迦原は足を止め銃を向けた。




「わ、わわわ分かった! あああ謝るから! な? な? もうしない! 極道からも足を洗う! 何だったら殺したい奴がいたら殺してやるからぁぁっ!」




 その殺したい奴が目の前にいるということをまだ理解できていないらしい。


 すると釈迦原がおもむろに眼帯を取った。




 そういえばあの眼帯について、彼女に聞いたことがなかったのを思い出す。


 何らかの事故や病気で失明したのかと勝手に思っていたが……。




 しかしどうやらそうではないらしい。釈迦原が閉じていた瞼をゆっくり開く。


 そこには碧々とした透き通るような瞳が嵌め込まれていた。




 へぇ、オッドアイ……だったのか。




「アタシはあの時からこの眼帯をしてきた。何でだか分かる、諒治?」


「し、知らない!」


「幼稚園の頃、この目のせいでよくからかわれてた。けれどその時、アンタが一番最初にこの目のことを褒めてくれたのよ。綺麗だって……ね」


「っ……!」


「そのあとに凛羽も言ってくれたけど、本当に嬉しかった。だから小学生になっても中学生になっても、この目をからかわれた時も何とも思わなかったわ。アタシの傍には、この目を綺麗って言ってくれる凛羽や……アンタがいたから」


「桂華……」


「でもアンタはアタシを裏切った。それからこの目を見ていると、どうしてもアンタのことを思い出しちゃう。いっそくり貫いてやろうかさえ思ったわ。でも……できなかった。この目は凛羽も綺麗って言ってくれたものだから。だからせめて、なるべく自分で目にしないように眼帯を嵌めるようにしたのよ」




 なるほど。あの眼帯にはそういう理由があったのか。


 普通の人とは異なる瞳。




 ――綺麗。




 きっと釈迦原にとっては救いの言葉になったのだろう。もしかしたらその一件があったから、彼女は押倉に惹かれたのかもしれない。




「でもこれでようやく……アタシはこの目とちゃんと向き合えそうよ」


「ま、待て! お願いだから待ってくれ! いや、待ってくださいっ!」




 あろうことか押倉は死にたくないがために、その場で土下座をする。そんな彼を冷たい眼差しで見つめる釈迦原。




「アタシにとって、アンタは何でもできて……カッコ良かった。誰からも好かれ、頼られ、笑ってる顔が素敵で……でもそのすべてはアンタが作り出した嘘だったのね」


「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますっ!」




 頭を地面に擦りつける姿は何とも見苦しいものだった。




「っ……アタシは……!」




 かつて愛した男の、こんな無様な姿を見て何を思ったのか、悔しそうに歯を食いしばる釈迦原。




 そんな彼女の一瞬の動揺に気づいたのか、押倉が地面に転がっている銃を拾い上げて、釈迦原を撃とうとする――が、残っていた腕すらも、その瞬間に切断されて宙を舞った。




 ……シキの奴。




 アイツも余程腹に据えかねているようだ。あまりにゲスな押倉に。


 だから思わず影の中から手を出してしまったらしい。








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