第267話 これがエリクシル

「ア、ア、アンタ……何で……?」


「鳥本……様? 噓……」




 釈迦原だけじゃなく、当然沙庭も信じられないといった面持ちだ。無理もないだろうが。




「まあいろいろ事情があってね」




 実は教会の敷地内に戻ってきてから、俺はあることに気づいた。


 それは《コピードール》が扮する鳥本に《カメラマーカー》をつけていたことを、だ。




 すぐにモニターを出して、現在鳥本がいる場所を確認することにしたのである。




 すると薄暗い場所で、釈迦原や小百合さんたちと一緒に行動していることが分かった。しかも目の前には、ここを襲っているであろう者たちのリーダーのような奴がいて窮地に陥っている様子だ。




 俺はそこがどこか特定するために、モニター越しにヒントとなるような会話がないか探っていた。




 そして蒼山が教会の隠し通路という言葉を口にし、俺はすぐさま教会へと向かうことにしたのである。




 だがその際、モニターの中で敵のリーダーが釈迦原たちの幼馴染だということを知り、そのまま釈迦原が抱えることになった闇の原因も知った。




 モニターを確認しながら教会に入り、隠し通路を探していると、鳥本が撃たれて人形に戻ってしまったのである。




 恐らく鳥本は、俺がそこに辿り着くための時間稼ぎで、押倉諒治という男を挑発していたのだろう。ただ挑発が過ぎてしまい壊されてしまった。




 それでも時間を稼いでくれたお蔭で、その間に隠し通路を見つけ、地下水路へと降り立つことができたのである。




 そして真っ直ぐ通路を進んでいくと、モニターで観た例の場所に辿り着いた。だがそこには釈迦原や押倉たちの姿はなく、男どもに拘束されている小百合さんと、血に伏せている蒼山だけがいたのだ。




 俺は小百合さんから話を聞くために、シキによって男たちを一掃した。




 シキの姿を見て驚いた顔をしていた小百合さんだが、俺の登場にはさらに驚愕していたようだ。




 まあ目の前で銃で撃たれて人形になったはずの男がそこにいるのだから驚きだろう。


 しかしすぐに小百合さんは、倒れたまま動かない蒼山へ駆け寄る。彼女の名を必死に呼びかけるが、蒼山はすでに事切れていた。




 これでまた小百合さんは大切な人を目の前で失ってしまったのである。さすがにかける言葉はなかった。


 それでも小百合さんは、こう言ったのだ。




『お願いします鳥本さん。あの子たちを……釈迦原さんたちを助けてあげてください!』




 当然俺にそんな義理は無い。ここに来たのも、鳥本の回収と小百合さんを無事に保護するためだ。彼女を助けることにより、その対価をもらおうと画策したためである。彼女ならば教団が保管しているであろう金品の在り処も知っているだろうから。




 しかし小百合さんは、俺が何かを発する前に続けて言った。




『これ以上……あの子たちが……家族が殺されるのは嫌なんです。ですからどうか……私に差し出せるものならすべて差し出しますから』




 その言葉を聞いて少し気が変わった。




 だから……。




『すべて……ですか。教団が……あなたが差し出せる対価は幾らほどになるんですか?』




 正直ゲスな質問ではあろう。しかしタダ働きするつもりはない。もし俺が考える値より下回っているのであれば、残念ながら釈迦原たちを諦めてもらうほかない。




『そう……ですね。これでも教団と立ち上げてからずいぶんと大所帯になり、鳥本さんが欲するような金品もそれなりに確保してきました。いずれ何かに使えるかもしれないと思い』 




 そこは『平和の使徒』や『イノチシラズ』も同じだ。たとえ今、価値がなくなっていたとしても、やは宝石などの貴金属類くらいは手元に置いておきたいと考えたらしい。特に女性ならそれが顕著だ。




『総額でいうと……三億ほどはあると思いますが』




 これは驚いた。それなら十分に対価としては賄える。




『本当にそのすべてを差し出せると約束できますか?』


『もちろんです。私には宝石やお金よりも、守らなければならない者たちがいますから』




 俺は彼女に了解したことを告げると、《ボックス》からあるものを取り出す。


 それは以前瀕死状態だった沙庭に使ったものと似通った小瓶だ。




『これを蒼山さんの身体にかけてみてください』


『え? ……ですが』


『騙されたと思って、さあ早く』




 俺から小瓶を受け取った小百合さんは、どこか釈然としないまま、血塗れで横たわっている蒼山さんに近づき仰向けに寝かせた。




 確実に息を引き取っている彼女の痛々しいまでの姿を見て、思わず小百合さんは目を逸らしそうになっているが、それでも歯を食いしばって現実と向き合う。


 小瓶の蓋を開け、中に入っている液体を蒼山の身体にゆっくりと振りかけた。




 すると小瓶から流れ落ちた雫が、虹色の光の粒となって蒼山の身体に落ちていく。




 直後、その虹色の輝きは蒼山の全身を優しく包み込み、彼女が受けた傷がどんどん治癒していくのを見て、小百合さんは目を丸くする。




 そして――。




『…………うぅ』




 小百合さんは自分の耳と目を疑うかのような表情を浮かべる。無理もない。何故ならピクリとも動かなかったはずの蒼山の顔が僅かに動き、かつ声が漏れたのだから。




『っ…………小百合……姉さん?』




 明らかに自分の力で瞼を上げた蒼山が、小百合さんの名を呼ぶ。それと同時に、小百合さんは両手で自分の口元を覆って涙を流し始めた。




『ここ……は? 私は一体……っ!?』




 蒼山には何が起きたか分からないだろう。そんな彼女を見て感極まった様子の小百合さんが、ギュッとその身体を抱きしめ上げた。




『良かった……良かった……本当に良かったです奏さんっ!』




 どうやら上手く蘇生できたようだ。


 モニターを見ていたからこそ可能だった奇跡である。




 俺が投与させたのは《エリクシル・ミニ》……ではなく、本物の《エリクシル》だ。




 一億とお高いが、仮に死んでいたとしても十分以内だったら蘇生できる効能を持っている。蒼山が死んでから、まだ十分以内だったのだ。




『……小百合さん』


『と、鳥本さん! ありがとうございます! 本当にあなたには何とお礼を言っていいやら! 本当に……本当に……!』 


『お礼は金銀財宝でお願いしますよ。それと俺は今すぐ釈迦原たちを追います。……ソル』




 俺がソルの名を呼ぶと、先程念話で呼んでおいたソルが姿を見せて俺の肩の上に乗った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る