第266話 到着

「凛羽! もう! 無茶し過ぎよ!」




 アタシはすぐに彼女の腕を肩にかけて、その場から離れることにする。


 背後では諒治の焦ったような声音がこだましていた。




 このまま入り組んだ街中に逃げ込み身を潜めることができれば……。


 さすがに凛羽がこの状態のまま走り回るのは無理だ。




 だが先程まで少しは走れていた凛羽だが、さすがに限界が来たのか足をまったく動かせていない。


 アタシと凛羽では体格がかなり違う。動けないこの子を引きずって歩くなんて無理なほどに。




 どうすればいいのよ……このままじゃいずれ追い付かれるわ。




「…………ケイちゃん」


「凛羽?」


「……私をここに……置いていって」


「へ?」


「ケイちゃんだけでも……逃げて」


「な、何を言ってるのよ! そんなことできるわけないじゃない!」


「でも……今の私は足手纏いだよ。一緒にいたら……絶対に捕まっちゃう」


「うるさい! アタシは絶対に見捨てない! 見捨ててなんてやるもんか!」


「ケイちゃん……」




 そうだ。どんな絶望的な状況でも諦めたりはしない。




 あの時……絶望しかなかったアタシを、この子はずっと支え続けてくれた。凛羽がいたから立ち直れたのだ。




 この子はアタシのヒーロー。無くてはならない半身のようなものだ。だから絶対に失いたくない。どこまでも一緒で、たとえ死ぬ時だってそれは変わらない。




「――よぉやく、追い付いたぁ」




 薄気味悪い声音が背後から響く。




 そこには諒治たちが銃を向けながら立っていた。




「桂華さぁ、恋人から逃げるなんて悲しい真似するんじゃないよ」


「だ、誰が恋人よ! アンタのような最低の人間なんて死ねばいいんだわ!」


「お~怖い怖い。まだ根に持ってるのか? ……何ならここであの時のことを再現したっていいんだけどな?」




 不気味に笑う諒治。咄嗟にフラッシュバックして、またあの時の恐怖が蘇りそうになったが……。




「……っ! やれるものならやってみなさいよ! アタシはもう、アンタなんかに屈しないわ!」




 持っていた銃で諒治を撃とうとしたが、カチカチカチッと乾いた音だけが鳴る。




 ……弾切れ!?




「どうやら運にまで見放されたようだな。……おいお前ら、もうコイツは用済みだ。撃ち殺すぞ」




 三人の男たちが銃を突きつけ、そして――引き金を引いた。




 だがその時、アタシの身体は何かの衝撃を受けて倒れ込んでしまう。見れば凛羽がアタシの身体を突き飛ばしていたのだ。




「りっ……!?」


「ごめんね……ケイちゃん」




 銃弾が凛羽のもとへ向かう。




 止めて……ダメ! アタシの親友を殺さないでっ!




 必死に手を伸ばそうとするが、当然そんなものは間に合わない。


 そして無情にも凛羽が今にも銃弾に貫かれようという時だった。




 突如として、凛羽のポケットから何かが飛び出したと思ったら――ボボンッ!




 白い煙と同時に、凛羽の前に驚愕すべきものが出現した。


 そのままソレが銃弾を受け止めたことで、後ろにいた凛羽は無事で済んだ。




 アタシは呆然とする者たちをよそに、すぐに凛羽のもとへ駆け寄った。彼女を強く抱きしめながら「大丈夫? 生きてる?」と声を張る。




「う、うん……で、でも……」




 どうやら凛羽は、自分が助かったことよりも目の前に現れた大きな物体に釘付けである。


 アタシも改めてソレを観察した。




「ね、ねえ……コレって……鳥本からもらったもの、だったわよね?」


「……うん」




 そうなのだ。このアタシたちよりも巨大な物体は、前に凛羽が鳥本から受け取った小さな人形だった。凛羽はそれが嬉しかったらしく、いつも肌身離さず持ち歩いていたのである。




 そしてそれがどういうわけか今、凛羽のポケットから飛び出して巨大化し、彼女を守ったのだから不思議である。




「な、何だよそのでかいパンダのぬいぐるみは……!」




 当然自分たちの攻撃を防いだ謎の巨大ぬいぐるみにギョッとしている諒治たち。


 だがそのぬいぐるみだが、今度は突然シュ~ッと、まるで風船が萎むような感じで元の大きさに戻ってしまった。




 ソレを凛羽が拾い上げて、嬉しそうに胸に抱きしめる。




「そっか……守ってくれたんだね。ありがと……」




 アタシもそうとしか思えない。ハッキリ言って、どんな原理が働いたのか分からないけれど、状況だけを見ればそうとしか考えられないからだ。


 だからアタシも、親友の命を守ってくれたこのぬいぐるみには感謝しかない。




 しかしながら、危険な状況は何一つ変わっていない。




「ま、まあ何がどうなってるのか分からないけど、これでもう邪魔者はいなくなっただろう。今度こそ、お前らは殺す。闘矢さんを殺した教団は皆殺しだ! たとえお前らでもなぁ!」




 アタシは凛羽をギュッと抱きしめて、せめてこの身体を盾にして彼女を守る。




「二人仲良く殺してやるよ。それが幼馴染としての情けだ。死ねぇっ!」




 アタシは願った。もし神様がいるなら、さっきみたいな奇跡をもう一度起こしてほしいと。




 あんなクズでしかない悪党に、天誅を下してほしいと。 




 せめて凛羽だけでも助けてほしい……と。




 そして――――その瞬間は訪れた。








「――――――薙ぎ払え、シキ」








 どこからか聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。




 それと同時に、諒治の部下の首と拳銃を持っていた腕が切断され、諒治の右腕もまた同じように宙を舞った。




「ぎゃあぁぁぁぁっ!? 腕がぁぁぁっ、おおおお俺の腕がぁぁぁぁっ!?」




 切断された腕から血飛沫を上げながら諒治は尻もちをつく。また目の前に落下してきた部下の生首を見て「ひィッ!?」と情けない声を上げる。




 アタシたちも一体何が起きたのか分からず愕然としていると、そこにゆっくりとした足取りで近づいてくる一人の青年がいた。




「やれやれ、こんなとこにいたとは、ずいぶんと探したよ」




 そこに現れた人物を見て、その場にいる全員が目を疑ってしまう。


 何せ先程銃弾に撃たれて人形になってしまったはずの鳥本健太郎だったのだから。








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