第265話 凛羽の奮闘

「どこに逃げようってんだ! 無駄だぞ凛羽! 桂華ぁっ!」




 後ろから諒治の声が反響してくる。当然銃声の音もだ。




「……! 凛羽、どうしたの?」




 運ばれている中、アタシは凛羽が辛そうな表情を浮かべていたので気になった。




「な、何でもないから!」




 そうは言うが、もう長い付き合いだ。それがアタシを気遣っての言葉だということなんてすぐに分かった。


 恐らくどこか怪我をしているのだろう。




「早く下ろしなさい、凛羽!」




 だが彼女は言うことを聞かずに走り続ける。




「凛羽! 言うことを聞いて! アタシは一人でも走れるんだから!」


「っ…………分かったよ」




 ようやく凛羽が下ろしてくれたので、彼女の様子を見てみる。


 すると右太腿に鮮血が流れていた。




「逃げる時、速度強化はしたけど防御強化までできなくて……」




 あの場はそれが最善だったのだろう。少しでも防御強化まで力を割いていれば、もっと銃弾を浴びてしまっていた可能性が高い。




「弾は……貫通してるみたいね。とりあえず止血だけはしておくわね」




 アタシは髪を結っているリボンを取ると、凛羽の太腿をソレで縛り付けた。




「んっ……あ、ありがと」


「立てる?」


「うん、大丈夫……っ」




 全然大丈夫そうじゃない。でも弱音なんて吐かない子だから、アタシは……。




「ケイ……ちゃん?」




 凛羽の腕を自分の肩にかけて運ぶ。




「絶対に逃げるわよ、凛羽」


「……うん!」




 ゆっくりだが、このまま水路の出口まで行ければ……。




 そしてもう目の前に、その目的地は見えていた。


 そこへ辿り着いたのはいいのだが、格子状の扉で塞がれている。




「くっ……鍵がかけられてる!」




 するとその時、すぐ脇を何かが通過し、目の前の壁に当たって火花を散らした。




「……ほーら、見つけた」




 背後から聞きたくない声音が聞こえてきた。




「だから言ったろ? 逃げても無駄だって。ちゃんと逃げ道は塞いでるに決まってるだろうが」




 どうやら追い詰められてしまったようだ。




 教祖様は無事なのかしら……まあ、今はそれよりもアタシたちのことを考えないと。




 とはいっても退路を塞がれ、目の前には銃を持った連中がいる。アタシも銃を所持しているとはいえ、さすがに分が悪過ぎる。




 ……どうすればいいのよ。




 せめて凛羽だけでも逃がしたいが、こうなった以上は奴らを倒すしか方法がない。だがそんなことできるのだろうか。




「……ちょっとそこどいて、ケイちゃん」


「……え? り、凛羽?」




 突然凛羽が、扉の方へ向いて拳を構えた。その姿は堂に入っていて美しささえ感じる。それもそのはずだ。彼女の家は空手の道場をやっていて、小さい頃から空手を学んできたのだ。




 本人はあまり乗り気じゃなかったし、空手よりも料理や裁縫などといった女の子らしいものが好きだ……が、凛羽のお祖父さん曰く、凛羽には誰よりも空手の才能があるようで、それを証明するかのように現在すでに三段の持ち主である。




「てやぁぁぁぁぁっ!」




 腰を落とし右拳を引いて構え、そのまま掛け声とともに右拳を全力で突き出した。




 ――バキィィィッ!




 たった一撃。しかも女の子の拳により、頑丈そうな扉が弾け飛んだのである。




「す、凄い……!」




 凛羽の空手の試合をよく観に行っていたけど、やはりこの子は凄い。今や《強化》スキルといった鬼に金棒状態であり、普通に戦ったら誰もこの子には勝てないのではなかろうか。




 そして空手のことを知っている諒治もまた、今の光景を見て固まってしまっている。


 どうせ何をしたところで、さすがに扉を破壊できると思っていなかったのだろう。だから最後の悪足掻きを高みの見物気分だった。




「ケイちゃん、急ごう!」




 凛羽がアタシの手を取って走る。




「……! お、おい! 絶対に逃がすな! 追え、追えぇっ!」




 必死な形相で、水路に出たアタシたちを追ってくる諒治たち。水はほとんど引いており、真っ直ぐで広い通路が続いている。




 何とか隙を見て上に上がり、街中に逃げ込みたいところではあるが……。




「くっ……んん!」




 凛羽は足を動かす度に辛そうだ。やはり傷が相当痛む様子。無理もない、弾丸に撃たれたのだから。それに先程の扉破壊でも傷が開いただろうし。




 アタシは銃で応戦しながら突き進むが、向こうの手数の方が圧倒的に多い。




「――あくっ!?」






「ケ、ケイちゃんっ!?」




 相手の銃弾が左肩を掠め、左手に持っていた銃を落としてしまう。




「ケイちゃん、こっち!」




 このままだとマズイと感じたのか、凛羽が再びアタシを横抱きに抱えた。




「っ……たあぁぁぁぁぁぁっ!」




 驚くことに、そのまま全力で跳躍し、水路の壁を乗り越え、そのまま上の道へと跳び上がったのである。




 ――ブシュゥッ!




 しかし着地と同時に凛羽の傷から血が噴き出す。


 そのまま前のめりにアタシもろとも倒れてしまう。








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