第264話 逃亡
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!?」
叫んだのはアタシじゃなく、凛羽だ。仄かに想いを寄せている相手である。当然だ。
アタシもまた、鳥本が殺されてしまったという事実に、少なからずショックを受けていた。
そんなアタシたちをよそに、諒治は薄ら笑いを浮かべている。
そして銃弾の勢いで、後ろに倒れる鳥本に駆け寄った凛羽が、彼を受け止めようとした。
――その瞬間の出来事。
突如鳥本の身体が、一瞬にして小さい物体へと変貌したのである。
ストン……と、凛羽の腕の中に落ちたのは――人形。それはまったくもって無機質な玩具とも呼べるようなもので、どう見ても先程までアタシたちの前に立っていた人間とは思えなかった。
「……え?」
誰の声かは分からないが、その光景を目にしたすべての者が抱いた困惑だったろう。
それもそのはずだ。何故なら人間がいきなり人形に成り代わったのだから。
それはまるでアニメや漫画に出てくるような忍者の変わり身の術のようで……。
「な、何だ……人形? は? ど、どういうことだ?」
さすがに諒治も何が何だが分からない様子だ。もしかしたら教祖様が事情を知っているかもしれないと彼女を見てみた。……が、アタシたちと同じく呆気に取られている姿を見て、まったくもって予想だにしていない状況だということが分かった。
「と、鳥本……様?」
凛羽も、胸に穴が開いた人形を恐る恐る手にしながらアイツの名を呼んでいる。
「……はは、何だかよく分からないが、まあいい。どうせここにいる奴らは全員始末する予定なんだしな」
謎の解明よりも、自分の任務を優先する諒治。
「さあて、おい」
男たちに指示を出した諒治。彼らは蒼山さんの傍にいる教祖様を拘束し動けなくする。
「教祖様……いや、田中小百合だったか? お前は最後に殺す。お前のすべてを無茶苦茶にしたあとでな。何故か分かるか?」
諒治が、銃で教祖様の頬を殴りつけた。そのせいで、教祖様は口が切れたのか血を流す。
「お前が俺の恩人を殺したからだ」
「お……恩人……?」
「ああ、そうだ。さっきも言っただろ? お前らが殺した宝仙闘矢は俺の恩人なんだ。俺はあの人を押し上げ、いつか『火口組』の跡目にって思ってた。親父が死んで、いよいよ闘矢さんの時代が来たって時に……よくもやってくれたよな?」
「っ……宝仙闘矢に関しては、私が殺したわけではありません」
その通りだ。実際に手を下す前に死体が発見されたのだから。ただ宝仙闘矢の父である『宝仙組』の組長は、もう教団にはいないが加賀倉さん率いる部隊が手を下した。
「はあ? この期に及んで惚けるつもりか?」
「事実を……言ったまでです」
「黙れっ!」
またも銃で教祖様の顔を殴りつける。
「ぐっ……教祖様を…………小百合姉さんを離せぇぇぇっ!」
肩を撃たれもんどりうっていた蒼山さんが立ち上がり、必死な形相で所持していた銃を取り出し諒治に向けて発砲しようとした。
だが――その引き金を引く前に、周りにいる男たちによって、複数の銃弾を浴びてしまった。
「か、奏さんっ!」
教祖様が真っ青な表情で叫ぶ。
銃弾を受けた蒼山さんは、全身のあちこちから血を流しながら銃を落とし、そのままゆっくりと両膝をつく。
それでも教祖様を助けようと、必死に蒼山さんは這いずりながらも教祖様のもとへ向かう。物凄い執念だ。
しかしそんな彼女を、まるでゴミでも見るかのような目を向けながら、諒治がトドメとばかりに背中発砲した。
ビクンッと蒼山さんの身体が跳ね………そして動かなくなった。
「そ、そんな……嫌……嫌よ……奏さんっ! 起きてちょうだい! 奏さんっ!」
教祖様にとって、蒼山さんという存在は本当に大切だったのだろう。その表情を見れば一目瞭然だ。恐らく二人の間には、アタシたちにはない強い絆があったのである。
「ハーッハッハッハッハ! これでまず一つ! どうだ? 大切なものを奪われるのは? 俺も……今はそんな気分なんだぞ?」
そして今度は、アタシに銃口を向けてくる諒治。
だが凛羽が、そんなアタシを庇う様にして立つ。
「ケイちゃんは……殺させない!」
凛羽の身体が淡く発光し始める。これは彼女が《強化》のスキルを使っている証拠だ。
「あぁ? 何だその光? 凛羽はホタルの化身か何かだってか? ああ、蛍はケツだけだったか、光るのって」
お茶らけた感じで諒治が言う。そんな彼をよそに、凛羽がアタシを横抱きに抱えると、その場から逃げ出そうと走り出す。
「おい、逃がすんじゃないぞ!」
諒治の言葉で、男たちが銃を乱射するが、その度に凛羽が軽やかにステップしながら回避する。アタシを抱えながらのこの動き。さすがは能力者だ。
そして諒治たちも凛羽の動きに面食らったようで、
「ちっ、クソが! 絶対に逃がさない! おい、そいつをちゃんと見張ってろよ!」
幾人かの部下に、教祖様を拘束するように命じ、諒治と二人の部下が追ってくる。
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