第262話 クズの背景
「――――そんな……何て酷いことを」
諒治の口から語られたアタシの最悪の記憶。できることなら忘れたいほど憎しみに満ち満ちた思い出だ。
それを聞いた教祖様は口に手を当てて悲痛な表情でアタシを見た。そしてそのままキッと諒治を睨みつける。
「あなたは! 恋人だったのでしょう! 幼馴染だったのでしょう! 何故そのような残酷なことができるのですか!」
「はぁ? 残酷ぅ? あんたの物差しで俺らを図らないでくれよ。なあ、桂華? あの日は……とても楽しかったよな?」
「っ……!」
当然否定したいのに、言葉が今も出てくれない。アタシの心は思った以上に、コイツのせいで追い詰められていたようだ。怖くて口が開かない。
「あれも一つの愛さ。俺のために身を捧げる。アレがあったから俺は今の組とのコンタクトを得ることができた。そうさ、今の俺があるのはお前のお蔭なんだ。感謝してるよ、桂華」
「そんなものがっ! そんなものが愛であって良いわけがありませんっ! 愛とは慈しみ、そして互いに支え合い育てるもの! 一方的に押し付け、傷つけるようなものが愛であろうはずがありませんよ!」
「……はぁ。あんた、マジでウザいわ」
諒治が不機嫌そうに眉をひそめると同時に、その手に持っている銃を教祖様に向けて発砲した。
「小百合姉さんっ!」
咄嗟に蒼山さんが教祖様を押し倒して、教祖様を凶弾から救うことはできたが、庇ったせいでその右肩に着弾してしまった。
鮮血が飛び散り地面を転がる蒼山さんに、教祖様が「奏さん!」と呼びかけながら抱きかかえる。
「だ、大丈夫……です、かすり傷……です……から……っ」
かすり傷なわけがない。弾は恐らく右肩に入ったままだ。今も大量の血液が広がり、服を赤く染め上げている。
「ちっ、当たらなかったか。まあいい、どうせ皆殺しにする予定だしな」
「くっ、諒治くん! どうして! どうしてあなたはいつもいつもこんな酷いことができるの!」
アタシは突然声を荒らげた凛羽に対し、思わず「……凛羽」と声を出しながら、彼女の顔を見た。
「小さい頃からずっと一緒に育ってきて……三人仲良くて……本当に……本当に楽しくて幸せで……なのにどうして……」
凛羽が肩を震わせ絞り出すように言葉を吐く。その穢れのない瞳からは涙がポツリポツリと流れ落ちている。
「……別に。ただ……刺激が欲しかっただけだ」
「へ? し、刺激?」
「いつもいつもお前らと一緒にいた。変わり映えのない日常。予定調和な毎日で、俺は退屈し切っていた」
諒治は優等生だった。勉強も運動もできて、女の子にもモテて、みんなのヒーローのような存在だったのだ。
「お前らと三人でつるんでいるのもまあ……楽しかった。穏やかで平和的で。けど……どこかで思っていた。ああ、この平和をぶち壊したらどうなるんだろう、ってね」
そんなことを……?
まったく気づかなかった。諒治はいつもアタシたちの前では紳士で、爽やかな笑顔を見せてくれていたから。それなのに、その裏でそんなことを考えていたなんて。
「そしてある日、高校二年の頃か。俺はあの人と出会った。誰か分かるか?」
当然誰も分からない。アタシたちも、だ。
「俺の恩人さ。お前らが殺した――宝仙闘矢だ」
全員が息を飲む。何せ少し前まで戦争をしようとしていた相手だったのだから。
「俺が母子家庭なのは知ってるだろ?」
もちろんだ。聞いた話では、父親は諒治が生まれてすぐに他の女と一緒に家を出て行ったらしい。
「母さんは俺を愛してくれた。いや……愛していてくれた、中学くらいまではな」
「ど、どういうこと?」
意味が分からず凛羽が尋ねた。
「中学生になると、俺は母さんから忌み嫌われるようになった。理由は簡単だ。成長して、どんどん親父に似てきたからだよ」
諒治の母親は、自分を捨てて出て行った夫の姿に諒治が似てきたことで、否応にも夫のことを思い出してしまう。そして徐々に素っ気なくなっていき、時には暴力まで振るわれることがあったという。
「そんな……そんなこと全然知らなかった。どうして……どうして言ってくれなかったの?」
「凛羽……俺は周りからは完璧な人間でいなきゃならなかった。誰にも頼られる人間としてな。それなのに、誰かに恥を見せるわけにはいかないだろうが」
「……っ」
「そんなある日、俺は闘矢さんに出会って、極道の世界を知った。俺は歓喜に震えたよ。こんな世界があったんだと心底感動した。これが俺の求めていた最高の刺激だってね。そう、俺に必要だったのは平穏なんかじゃない。一歩間違ったら殺されるような……そんな危うい舞台だったんだよ」
それから諒治は宝仙に認めてもらって、組に入れてもらえるように努めた。どんなこともしたらしい。そしてその一つが、アタシの事件でもあった。
優しかった諒治。誰からも認められ、頼られ、そしてアタシが好きになった男。
ただそれが諒治のプライドだったのかもしれない。優等生の仮面を被り続けて、その鬱憤がどんどん溜まっていき、そしてそれが人格を歪めてしまった。そういうこと?
もしもっと早くから気づいて上げれていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれない? あの事件も……起こらなかった?
だがその時、よく見れば諒治の口元が緩んでいるのを見た。何か楽しそうに笑っている。
そして――。
「――バーッハッハッハッハ! もうダメ! 何お前ら、その顔! 俺に同情した? ハハハハハハ、マジ面白いわ!」
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