第260話 憎しみの繋がり

「ど、どうしてここが? この教会の隠し通路は教団の者しか知らないはずなのに……」




 蒼山さんの驚きながらの言葉に、諒治がニヤリと笑みを浮かべて答える。




「まあ……女だらけの教団も一枚岩じゃないってことさ」




 言葉のまま受け取るなら、教団内に裏切り者が紛れ込んでいたということになる。


 ただアタシはそんな驚きよりも、コイツと再会した衝撃の方が勝っていた。




 すると向こうもアタシに気づいたのか、「ああん?」と眉をひそめて見つめてきた。




「……! おお、おお、おお! 桂華じゃないか! それに凛羽もいる! 久しぶりだなぁ!」




 その人物こそ、かつて心の底から好きになった……そして心の底から憎んだ男。


 もし会うことがあったら、この手で必ず殺してやろうと心に決めていた。




 そう、あの時からアタシは変わった。この男のせいで、アタシは……いや、アタシと凛羽は変わってしまったのだ。変わらざるを得なかった。自分たちを守るために。




 だからこそ、アタシは武器を手にし、いつかこの日が来たら……とどこかで願っていたのかもしれない。




 それなのに……何で? 何で…………身体が動かないの?




「お、おい、どうした桂華? そんなに震えて? もしかして風邪か? そうだよなぁ、小さい頃は凛羽よりも身体が弱くて、よく熱出してたっけか」




 震える。何で? コイツの声を聞いていると、どうしても足が前に出ない。




 それはまるで本能が怯えているかのようで、徐々に後ずさりしてしまう。




 そんなアタシに向かって、少しずつ距離を縮めてくる諒治。まるで懐かしき旧友と再会を喜び合うかのような表情で。




「いやぁ、まさかこんなところでお前たちに再会できるなんて。これも運命ってやつかもなぁ」




 あの頃と違わず、声音だけは優しげな響き。そう、アタシはこの声を聞いているだけで心地好かった。毎日夜には電話をして、彼の「おやすみ」を聞いて一日を終えるのが幸せだった。




 だがどうだ。今では声を聞くだけで全身が震えてくる。




「そんな眼帯なんかして、もしかして遅めの厨二病ってやつか? 確かお前、アニメとか漫画も好きだったもんなぁ。でももう大人なんだからそろそろ卒業しなきゃいけないぞ」




 カツ、カツ、カツ、とアタシの気持ちをよそにアイツは近づいてくる。




 嫌……止めて……来ないで!




 声に出したいが、喉が詰まっているかのように言葉が出ない。




 このままじゃ……またアタシはコイツに……っ!?




 そう恐怖が心を押し潰そうとしたその時、フワリと温かいものがアタシを包み込んだ。




「…………大丈夫だよ、ケイちゃん」


「っ……り……凛羽?」




 アタシは凛羽に抱きしめられていた。




「もうあの時みたいに一人じゃない。ケイちゃんの傍にはアタシがいるから」




 冷え切った心に灯りが点る。それは優しい温もりとなって、恐怖を吹き飛ばして震えを止めてくれた。




 ……そうだ。アタシは一人じゃない。凛羽がいる。この子が傍にいてくれるんだ!




 アタシは深呼吸をすると、凛羽に「ありがと、もう大丈夫」と言って、今度は自分から諒治を睨みつけた。そしてゆっくりと銃を向ける。




 すると彼も「おや?」となって足を止めた。




「何のつもりかな? それが愛し合った恋人に向けるものか?」




 恋人という言葉に、この事実を知らない鳥本たちは一様にアタシを見つめる。  




「……そう、確かにそうだった。けど間違えないでよね。今はもう憎しみだけで繋がる赤の他人よ!」




 引き金に手をかけるが、周りにいる男たちもいつ発砲してくるか分からないので、迂闊なことはできない。




「やれやれ。あんなに素直だった桂華はどこへ行っちゃったのやら。……あ、もしかしてあのことをまだ恨んでる? お前だって気持ち良かっただろ? ならWINWINってことでいいじゃないか」




 ――ブチッという音が聞こえたような気がした。しかしそれはアタシからじゃない。




「な……にが……っ」


「り、凛羽?」




 隣にいる凛羽が顔を俯かせながら震えて声を発していた。しかしこれは恐怖で震えているわけじゃない。




「何が……何が何が何が何が何がっ! 何がWINWINだっ!」




 凄まじい気迫が凛羽から放たれる。これほどまでにキレた凛羽を見るのは初めてだ。




 教祖様たちもさすがに呆気に取られている。無理もない。普段は気弱で穏やかな雰囲気の彼女が、こうも変貌しているのだから。




「あなたのせいでケイちゃんがどれだけ苦しんだと思ってるんだっ!」


「……苦しむ? ただ愛し合っただけじゃないか」




 愛し合っただけ。本当にそうなら何も問題なかった。ただただ幸せを満喫できただろう。




 しかし違う。コイツの愛とは――支配だった。




 今でもたまに夢に見る。あの時のことを、だ。




「俺にとっちゃ良い思い出だ。ちょうど良い、ここにいる全員にも聞いてもらおうか。俺とお前の最高の思い出をなぁ」




 アタシが止めろという前に、諒治は愉快気に語り始めた。






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