第259話 悪夢との再会

「ちょうど良いです。あなたたちからも教祖様に言ってください。今すぐ逃げてほしいと」




 蒼山さんの言葉に対し「どういうことですか?」と聞くと、どうやら教祖様は皆を置いてこのまま一人だけ安全な場所に逃げるなんてできないと言っているらしい。




 何とか蒼山さんが、ほぼ強制的にここへ教祖様を連れてきたようだが、先程から動こうとはせずに困っているとのこと。




「私は信者たちを見捨てて逃げるようなことはしたくありません。ここに集まってくれているのは、私の家族なのですから」




 そんな教祖様の言葉には温かいものを感じた。いつもそうだった。彼女は行動を強制することはしない。




 男狩りについても、教祖様はそれが義務だなどと口にすることはなかった。もちろん働かざる者食うべからずで、ここに住んでいる以上は何かしらの仕事には従事していたが、どの人も望んだ仕事をこなし幸せそうだった。




 その在り様は、家長を教祖様とした家族のような集団だったと思う。




 特に教祖様は、アタシたち一人一人の要望や話を親身に聞いてくれて、傷ついたり死んだりすると悲しんでくれた。本当に優しい人なのだ。




 だからこそアタシもここなら凛羽も平和に暮らしていけると思い身を寄せた。




 でも蒼山さんの気持ちも、いや、教祖様を送り出した人たちの気持ちも分かる。そんな教祖様に恩を感じているからこそ、居場所をくれた人を守りたいと思っているのだろう。




 すると教会の入口の方から男たちの声が響いてきた。とうとうこっちにも手が伸びたようだ。このままではいずれここも見つかる。




「教祖様、あなたはここで死んで良いような人じゃないんです。あなたさえいれば、またやり直せます! 信者たちのような理不尽に打ちのめされた者たちの居場所をまた作るためにも、どうか今は耐えてください!」


「奏さん…………けれど私は……」


「お願いしますっ、小百合さんっ!」




 蒼山さんが教祖様のことを名前で呼ぶ。その表情はとても必死で、二人の間に確かな絆を感じた。それはまるでアタシと凛羽のようで。




「…………そうですね、小百合さん」


「鳥本さん……?」


「あなたが信者たちを見捨てられないという想いは当然でしょう。しかしせっかく命をかけて送り出した信者たちの気持ちを無下にしてはいけませんよ。ここであなたが死んでしまえば、それこそ信者たちの命が無駄になってしまう」




 確かに、コイツの言う通り、命を懸けて送り出した教祖様が死んでしまったら、何のために命を懸けたのか分からなくなる。




「あなたには生き残る義務がある。違いますか?」


「っ………………あなたは、まだ私に背負えと言うんですね?」


「それがあなたが選んだ道なんですよ。信者たちを束ねる教祖として立つことを決めたその時から、ね」


「…………分かりました」




 教祖様が折れ、蒼山さんがホッと息を吐くが、教会の入口の方から発砲音が聞こえ、のんびりとしていられない状況になる。




「皆さん、では急いで私についてきてください!」




 蒼山さんが先導し、裏口から繋がる廊下を突き進んでいく。




 そして廊下の右側にあった部屋に入ると、そこは物置部屋になっているが、蒼山さんは迷うことなく奥に置かれた棚へと近づく。




「鳥本様、力を貸してください」




 どうやら棚を一緒に押してくれということらしい。蒼山さんと一緒に鳥本が棚を動かす。


 するとその奥には一人が入れるほどの狭い空間があって、その下にはマンホールが設置されていた。




 そのマンホールを鳥本が外す。梯子がかけられていて、下に通じている。地下水道は初めて行くが、確かにコレは隠し通路になっていた。




 鳥本が最後に、全員が一人ずつ下へと降りていく。薄暗い通路ではあるが、灯りもちらほら設置されていて、完全な暗闇というわけではない。




 アタシたちは追手が来ることを恐れて、できるだけ早く向かうことにした。




「そういえばこの水道ってどこに通じてるんですか?」




 ふと気になったので、アタシは蒼山さんに尋ねてみた。




「教会の西にある水路へと通じています。この道は信者たちしか知らないので安全だと思いますよ」




 どうやら無事に脱出できそうで安堵する。




 そしてしばらく歩いていると、少し開けた場所へと辿り着く。あちこちから水の流れる音が聞こえてくる。様々なパイプなども通っていて、このご時世で無機質なもので囲われている暗い場所だからか、まるで地下ダンジョンで冒険している気になってきた。




 だがその時だった。




 突然の銃声とともに、先導する蒼山さんの足元に火花が散る。




 思わず全員の足が止まってしまうが――。




「――ハハハ、こりゃあいい。情報通りじゃないか」




 この場に似つかわしくないほどの愉快気な声音が反響する。


 どこに隠れていたのか、銃を持った男たち数人がアタシたちを取り囲む。




「さて、チェックメイトってところだな」




 全員が表情を強張らせ、声が聞こえてきた先方を注視する。


 だがアタシは別の意味で戦慄していた。




 ……この声って……!?




 だって聞き覚えがあったから。二度と聞きたくないと思っていた声だったから。


 声の主がこちらに向かって歩いてくる。一歩一歩近づいてくる度に、胸が痛いほど締め付けられる。




「ケイ……ちゃん?」




 アタシの様子がおかしいことに気づいたのか、凛羽が心配そうに声をかけてくる。




 そして暗がりから徐々に露わになるその姿を見て、アタシ……いや、アタシと凛羽がギョッとした。




「……押倉…………諒治?」




 思わず呟いた。永遠に忘れないであろう男の名前である。








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