第258話 地下水道へ向かう

「ふぇ? あ、えと……これはその……」




 実際そういうやり取りは後にしてもらいたいんだけど……。


 凛羽は恥ずかしそうに紙袋を後ろ手で隠し目を泳がせている。




 まったく、こんな男のどこが良いんだろ。




 彼女がただのお礼だけで、マフラーを編んだわけじゃないことを知っている。少なからず鳥本に対して女性として惹かれているからこそだ。




 正直親友のアタシとしては男に近づいてほしくないし、そういう想いも向けてほしくないような気がするけど、そこまで束縛するのはさすがにどうかと思っている。




 それにまあ……鳥本は他の男よりは認めている部分もあるし。




「あ、あのあの……これをどうぞ!」




 意を決したかのように凛羽が紙袋を差し出す。




「えっと……受け取っていいのかい?」


「ひゃ、ひゃい!」




 あーあ、真っ赤な顔しちゃってまあ……。




 鳥本も少し戸惑いつつも、紙袋を受け取って中を確かめる。




「これは……マフラー?」


「そ、その! お礼です!」


「お礼?」


「いろいろその……お世話になってますし、命だって救ってくださったので!」


「世話になってるのはこっちだって同じだよ。だけど……なるほど、お礼かぁ」




 何故か鳥本は困った様子を見せる。




「えと……もしかしてご迷惑だったでしょうか?」




 鳥本の表情を見て一気に不安になる凛羽。




「ちょっと鳥本! せっかくの凛羽の心遣いを受け取らないっていうの!」




 そんなのこのアタシが許さない。というか凛羽が男に手作りのプレゼントを上げるなんて初めてだというのに。




「あーいや、嬉しいよ。ただ俺がもらうわけにはいかないというか……」


「はあ? 声が小さいから! 何か問題でもあるっての?」


「い、いやいや! うん、そうだね、ありがたく受け取っておくよ! 沙庭さん、本当にありがとう。大切に使わせてもらうよ」


「あ、はい! えへへ……やった」




 心から嬉しそうに笑顔を浮かべる親友。本当に可愛らしい子だ。願わくばこの子にはずっとこんなふうに笑っていてほしい。




 だがそこへ階段から銃を持った二人の男が上がってくる。




「ここにもいたぞ!」


「殺せ殺せ!」




 問答無用でアタシたちを殺すつもりだ。まさかこんなにも早くここにも手が伸びてくるなんて。さすがに戦力がガタ落ちしたせいだろう。




 もしかしたら、もうほとんどの信者たちが殺されているかもしれない。




「黙って殺されるわけがないでしょう!」




 アタシは装着している二丁拳銃を手に取って発砲する。




 男たちの一人の頭に命中し撃退することができたが、もう一人の男はしっかり隠れて難を逃れた。




 アタシたちも壁際に隠れて様子を見る。


 教会に向かうには階段を降りていくしかない。しかし男に待ち構えられてしまっている。




「ケイちゃん、どうしよう?」


「……こうなったらここの階段は諦めて、非常用階段の方へ行くわよ」




 突き当たり扉の向こうが目的地だ。


 しかしそのためには、現在待ち構えている階段の前の通路を行かなければならない。




「アタシが牽制するから、その隙に一気に走り抜けるわよ?」


「う、うん!」


「こっちもOKだよ」




 二人から了承をもらい、アタシは「一、二、三!」で飛び出して銃を乱射する。


 その隙に、二人がアタシの後ろから非常用階段へと走った。




 アタシも発砲しながら走り抜け、三人で階段へと向かう。当然後ろを確認しながら、男が追ってきていないか確かめる。


 するとやはり男が上ってきて、壁から顔を見せたので銃を撃つ。




 その間に鳥本が扉を開けてくれる。




「さあ二人とも、今のうちに早く!」




 アタシたちは非常用階段へと出ると、すぐに扉を閉めた。




 どうやらこの階段を利用している賊はいないようだ。それでも警戒して降りていく。


 ここを出ると、教会はすぐそこだ。




 下に降りると、静かに扉を開いて外の様子を確かめる。あちこちから銃声や悲鳴は聞こえてくるが、すぐ近くには敵はいないらしい。


 目の前には教会がある。裏口から入った方が安全そうだ。




「気を付けて行くわよ」




 三人で周囲を警戒しながら進んでいき、そのまま裏口へと辿り着き中へと入る。


 だが次の瞬間、鳥本の首にナイフが突きつけられた。




 まさか敵――っ!?




 そう思って青ざめてしまうが……。




「待って蒼山さん!」




 聞き慣れた声音が響き、アタシは状況をすぐに理解することができた。




 どうやら鳥本にナイフを突きつけていたのは幹部の蒼山さんだったらしい。傍には教祖様もいて、彼女が制止をかけてくれたようだ。




「教祖様! ご無事で何よりです!」


「ええ。釈迦原さんも沙庭さんも、それに鳥本さんもよくぞご無事で」


「……お二人ですか?」




 アタシが聞くと、ナイフを引いた蒼山さんが「ええ」と答え、そのまま続ける。




「地下水道へ逃げ込むためにここへやってきました。しかし背後から近づく何者かの気配を感じまして」




 なるほど。そこで待ち伏せをして、敵だったらそのまま始末するつもりだったようだ。




「いやはや、勘違いで死ぬところでしたね」




 鳥本は本当に焦っているのか、どこか飄々とした感じで笑っている。よくもまあ死にかけたくせに笑っていられる。




 教祖様たちは、やはり地下水道へ逃げるためにやって来たのだそうだ。襲撃の際、他にも信者はいたが、教祖様を逃がすために戦ってくれているらしい。






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