第257話 教会へ
それは突然やってきた。
装甲車のような頑丈で巨大な車が、いきなり門を突き破って侵入してきたのである。
次々と車が敷地内に入ってきて、そこからは武装した男たちが出てきた。
有無を言わさずに銃を発砲し、泡を食っていた信者たちは防衛の手段も講じることができずに殺されていく。
その光景を、アタシ――釈迦原桂華は建物の中から見ていた。
ちょうどその時、親友の凛羽と一緒に鳥本健太郎の部屋に向かおうとしてところだったのである。
何でも凛羽が、鳥本に渡したいものがあるからだった。そのあるものはマフラーである。
最近凛羽は夜遅くマフラーを編んでいて、もうすぐ来る冬に暖かく過ごしてほしいということらしい。
わざわざ男に、寝る間を惜しんでそんなことをする必要なんてないと言った。しかし凛羽にとっては、鳥本は命の恩人であり、いろいろ悩み事なども聞いてくれた人物だという。
それにアタシと口喧嘩してしまった時も、仲直りのきっかけを作ってくれた。だから少しでも恩を返したいと彼女は言う。
……まあ、凛羽と仲直りできたことと、アタシを庇ったせいで致命傷を受けた凛羽を治してくれたことだけは感謝してるけど。
だからアタシも、ほんの少し……ほんの少しだけだが、他の男とは違うという見解を持っていた。
そんな鳥本の部屋を訪ねようと歩いていた矢先に起こった襲撃事件だ。
「ケ、ケイちゃん……みんなが!?」
凛羽が慌てふためきながら、アタシの袖を掴む。
「お、落ち着きなさい! とりあえずこういう時のマニュアルを思い出しなさい!」
アタシたちのしていることは確実に恨みを買うことだという自覚はある。だからいつここに襲撃があってもおかしくない。
その時に備えて、もし襲撃があった時用にマニュアルというものが存在する。教祖様を含め、戦いが得意だった《狩猟派》たちが、アタシたちを守るために考案してくれたものだ。
実は教会には地下水道に抜ける通路があり、そこから非戦闘員は脱出するのである。そして《狩猟派》は、敵を迎え撃ちながら教祖様を優先して逃がしたあと、自分たちもまた離脱するのだ。
「で、でもケイちゃん! 《狩猟派》はもうほとんど……」
「っ……そうだったわね」
こういう時、盾役である戦力はつい最近ごっそり削られたのだ。今ここに残っている者たちの多くは非戦闘員。武器を手にしても満足に扱えない者ばかりである。
アタシは戦えるけれど、さすがにあれだけの数を相手に生き残れるとは思えない。それにアタシはともかく……。
凛羽を死なせるわけにはいかないもんね。
自分の親友だけは守らなければならない。これだけは譲れない。アタシにとっては教祖様よりも優先すべき命だから。
「……今すぐ地下水道に向かうわよ」
「え? でも他のみんなは……」
「今は自分のことだけを考えて! こんなとこで死んでいいの?」
「…………分かった。あ、でも……」
「まだ何かあるの?」
「と、鳥本様を助けなきゃ!」
ああ、そうだ。そういえばここにはアイツがまだいた。
正直アタシにとってはどうでもいいし、死ぬんなら死ぬで構わないけど……。
「放っておきなさいよ。アイツ、ああ見えて結構強いって話だし」
「ダメだよ! 私の命の恩人だし……それにケイちゃんと仲直りできたのも鳥本様のお蔭だもん!」
やっぱり凛羽がアイツを見捨てることはできそうにない。ならここは仕方ない。
「ああもう分かったわよ! だったらさっさとアイツを連れて脱出するわよ!」
「うん! ありがとケイちゃん!」
まったく、あんな奴のどこがいいのかサッパリだ。
そんな満面の笑みを浮かべちゃって……男なんて……どうせ最後は裏切るだけだってのに。
アタシの脳裏にある男の顔が浮かび上がる。だがすぐに頭を振って消し去った。
そのまま近くにある鳥本の部屋へと辿り着くと、すでに部屋の前には鳥本が険しい顔つきで立っていた。
「鳥本様!」
「! 沙庭さんに釈迦原さん? 一体何が起きているんだい?」
「まずは教会に向かうわよ! 説明なら道すがらしてあげるから!」
「どうやら本当に只事じゃないみたいだね。……あの方には非常時には俺の判断で動けって言われてるしな」
「は? 何か言った?」
男のくせにブツブツと何かを口にしたようだったので、何を言ったのか聞いてみたが、彼は「別に何でもないよ」と爽やかに返してきたので、一応そういうことにしておく。
「教会に行ってどうするんだい?」
アタシたちはすぐさま教会に向かう。当然鳥本がその理由を尋ねてきた。
「多分教祖様もそこに向かうはずだからよ。そこには賊が知らない逃げ道があるから」
「なるほど。攻めてきた相手の背景は分かっているのかい?」
「さあね。大方アタシたちに恨みを持つ連中でしょ」
「結構若い連中が多かったけど、どうも一般人じゃなさそうだったよ」
「いきなり装甲車に乗って突っ込んでくるんだから一般人じゃないでしょうよ。アタシたちみたいにね」
一応自分たちが一般人ではないことくらいの自覚はある。
「相手がどんな奴らだって関係ないわよ。今はとにかく逃げなきゃ」
ここにいたら凛羽にも被害が及んでしまう。この子は優しいから、目の前で仲間が傷つくのをみると飛び出して行きかねない。
「ところで沙庭さん、その紙袋は何だい?」
めざとい男。凛羽が持っている紙袋が気になったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます