第246話 亀のルールを守らない奴

「――ぷはぁっ、し、ししし死ぬかと思ったのですぅぅ!」


「ソル、静かにしろ。奴にバレる」


「はぅ、ごめんなさいなのですぅ!」




 ある程度距離を離したとはいっても、些細なことで気づかれる恐れはある。何せ相手は常識の通じない存在なのだから。




 氷の隙間から顔を覗かせて、海中に浮かんでいるガルフェゴルンを確認する。


 奴もまだこちらを探すのに諦めていないようで、キョロキョロと目だけを動かしていた。




「ったく、怠惰っつうんだったら大人しくしててくれればいいのによ」


「こちらが攻撃したことで、敵とみなされたのでござろうな。ガラフェゴルンは自ら敵対行動はしないでござるが、一度敵とした相手には容赦しないと聞く。しかも攻撃力に関してはトップクラスらしいでござる」




 巨大な氷床が一気に消滅したのだ。その威力で、カザの言っていることが正しいことが分かる。




 あんな攻撃をポンポン放たれた日には、地図を書き換えないといけなくなる。ここが街じゃなくて本当に良かったと言えよう。




「殿、どうされますか? オレミアはまだあやつの甲羅の中ですが」


「……てか何でオレミアって、奴の甲羅の中にいるんだ? まさかと思うが……」


「確かベルゼドアから気性が荒いと聞いていましたな」


「……もしかしてケンカ売って逆に返り討ちになった、とか?」




 同じSランクでも、オレミアはベルゼドアの半身だ。持っている力も半分。さすがにその状態で完全体であるガラフェゴルンには勝てないだろう。




「だとしたらバカだ……正真正銘のバカだ。もう放っておきたい」




 勝てるか勝てないかなんて、対峙すれば大体分かるようなものだ。それなのに馬鹿正直に挑むなんてどうかしている。せめてベルゼドアと一体化してからケンカすればいいものを。


 しかしこのまま放置すれば、ベルゼドアの侵食は止まらない。




「……マジで無謀なケンカが原因でああなったってんなら一発ぶん殴ってやるからな、オレミアの奴」


「では、殿」


「ああ、ここで逃げるわけにはいかねえだろう。幸い俺たちの目的はオレミアの救出だ。ガラフェゴルンを討伐することじゃねえ。氷山から救い出すだけなら何とかなるかもしれねえしな」


「でもご主人、どうするです? 真正面からいっても、またあの怖い光が追いかけてくるですよぉ」




 トラウマにでもなってしまっているのか、ソルは目を潤ませて尋ねてきた。




「そうだな、幸いまだ俺たちに気づかれてないから、このまま後ろに回ってそこから氷山に侵入すればいい」




 あの巨体だ。後ろを確認するにも時間がかかるだろうし、その都度方向を微調整して近づけば問題ないだろう。




「よし、じゃあ静かに行くぞ」




 俺たちは海中を辿ってガラフェゴルンの後ろへと回っていき、後ろへ回ってからは、静かに水面ギリギリで、《ジェットブック》を動かして進んでいく。 




 どんどん距離が縮まっていき、もう少しで氷山へと到着できる。




 ……よし、そのままジッとしてろよ。




 恐らくガラフェゴルンは前方をまだ確認しているのだろう。後ろを向かないためにも迅速に行動する必要がある。




 ――だがその時だった。




 突如目の前の海面が盛り上がったのである。




 な、何だ今度はっ!?




 思わず声を上げそうになったが必死に喉の奥で押し留めた。


 しかし現状は続く。盛り上がった海面から姿を現したのは、ガラフェゴルンの頭部だったのである。




「……は?」




 俺だけじゃない。ソルたちも一様に唖然としながら、俺たちを見下ろすガラフェゴルンの鋭い眼光を浴びていた。


 同時に氷山からまたあの閃光が発せられる。




「た、退避ぃぃぃっ!」




 すぐさまに、また海中へと潜る。危うく閃光に飲み込まれてしまうところだった。


 全速力で沈み込みながら、俺は頭上を確認した。




 見れば、ガラフェゴルンは頭部と尻尾、四肢をそれぞれ引っ込めると、驚くことに今度は右足の部分から頭部がニョキッと出て来て、海中の俺たちを睨んでいる。




 おいおい、まさか自在に身体の部位を変更できるのか!?




 つまりあの甲羅の中はかなり広い空間があって、その中で身体を入れ替えることができるのかもしれない。だから一旦身体を引っ込めさえすれば、尻尾の部分から顔を出すことも、足の部分に顔を出すこともできるというわけだ。




 反則だろ! 亀のルール守れっての!?




 マジで心臓が止まるかと思った。あのままあとコンマ数秒でも判断が遅かったら、今頃全員が消滅してしまっていたことだろう。




 くそぉ……見てやがるな。




 海中に隠れて体勢を整えようと思ったが、ジッと水面に近い場所からこちらを凝視している。


 ただそのままで追ってきていないのはありがたい。




 と、安堵したが、やはりSランクはそう甘くなかった。




 ガラフェゴルンが海中で大きく口を開けた直後、無数の何かが口内から発射されたのである。


 それらは物凄い勢いでこちらへと迫ってきた。




 何だアレは……!?




 目を凝らして見てみると、そいつらは小さな亀だということが分かった。とはいってもあくまでもガラフェゴルンと比べると、だ。


 恐らくは俺の半分くらいの体長はある。それらが弾丸のように向かってきているのだ。




〝殿、あの亀はキラータートルといって、Bランクのモンスターかと〟


〝Bランク……強えのか?〟


〝陸地では負けませぬが、さすがに海中だと向こうに分があります。それにこの数。別名『殺人亀』と呼ばれており、鮫などより遥かに怖い生物です!〟




 なるほど、間違いなく捕まったらジ・エンドだろう。




 しょうがねえ、一旦浮上するしかねえか!




 それにこのままだと、またソルの息だってもたなくなってしまう。


 追ってくるキラータートルを振り切りながら、ガラフェゴルンとかなり距離を開けた場所の水面から脱出する。




 しかしその瞬間、ガラフェゴルンの方からあの閃光が走ってきた。






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