第241話 衝突

 そう言いながら引き金にかかる指に少しずつ力を込めていく。


 仕方ない。ここで殺されるのはもったいないし、返り討ちに……。




 そう判断したその時だ。入口の方でざわつきが聞こえてきた。そして勢いよく扉が開く。


 まず先に現れたのは蒼山であり、その後ろには数人の信者を引き連れた小百合さんまでいた。




 どうやらさっきの銃声を聞いて駆けつけてきたようだ。


 そして真っ先に現場を見て状況を理解した様子の蒼山も、懐から取り出した銃を構える。その銃口は俺ではなく加賀屋に向けられているが。




「加賀屋さん、これはどういうことかしら?」


「どういう、ことだと? その銃口を私に向けているということは聞くまでもないってことじゃないのか?」




 蒼山の質問に対し、加賀屋も俺から蒼山に銃口を突きつけた。




 そんな中、小百合さんが部屋の中に入ってきて、一通り現場を見回すと険しい顔つきのまま加賀屋に問う。




「それがあなたの答え、なんですね?」


「教祖様……いえ、小百合さん。残念ですが、私はもうあなたにはついていけない」


「理由をお聞きしてもいいですか?」


「それはご自身で分かってらっしゃるのでは? あなたもまた、心のどこかで教祖を鳥本に委ねたいと思っていたのでしょう? だからこそ『神の御使い』発言です」




 どうやら加賀屋も小百合さんが、望んで教祖になっているわけではないことに気づいていたようだ。小百合さんにとって、教祖とは手段の一つでしかなかった。傷ついた女性たちを助けるための居場所を作るためにだ。




 居場所さえ作れるなら、教祖でなくても良かった。ただ蒼山の意見に乗っかっただけなのである。故に自分よりも相応しい者が出てくれば、その椅子を簡単に明け渡すことだってできるというわけだ。




「言葉を慎みなさい、加賀屋さん。小百合様は教祖として、今までご立派に私たちを導いてくださったのよ?」


「黙っていろ、蒼山。お前の発言に価値などない。私が何も知らないとでも思っていたのか? 小百合さんを教祖に仕立てあげたのも、今もなお教祖として振る舞っているのも、すべてはお前が裏で糸を引いていることくらいお見通しだ」




 その言葉に蒼山が息を飲む。自分のしてきたことに対し、誰にもバレていないと思っていたのかもしれない。




 そして当然、その事実を知っている俺に蒼山の視線が向く。まるで「喋ったのか?」とでも言わんばかりの睨みだ。


 ここは一応弁明しておいた方が良さそうである。




「悪いですが、俺は誰にも話してませんよ?」


「っ……ならどうして……?」




 困惑する蒼山。そんな彼女を見て楽しそうに頬を緩めた加賀屋が口を開く。




「愚かだよ蒼山。世の中には盗聴器という便利なものがあるのを知らないのか?」


「盗聴器? ……! まさか……」


「そのまさかさ。小百合さんの自室、そして執務室に盗聴器を仕掛けていた。お前と小百合さんが二人っきりの時に何を話していたかなど筒抜けだ」




 悔しそうに唇を噛み締める蒼山。


 どうやら加賀屋の方が一枚上手だったみたいである。というよりも蒼山の警戒不足ともいえるだろう。




 重要な話をする時、周囲を警戒するのは当然だ。それを怠ったわけなのだから。




 震える蒼山の肩にそっと手を置いた小百合さん。そんな小百合さんに申し訳なさそうな顔をする蒼山だったが、小百合さんは微笑みながら頭を左右に振って、加賀屋に向けられている銃口をそっと下ろさせる。そしてそのまま顔を加賀屋に向けた。




「加賀屋さん、あなたが私に教祖として相応しくないと言うのであれば別に構いません」


「小百合さん!?」




 小百合さんの発言を受け、蒼山が慌てて彼女の名を呼んだ。しかし小百合さんは淡々とした様子でまだ続ける。




「ですが仲間に銃口を向けるのだけは止めてください」


「……ならあなたにならいいんですか?」




 そう口にしながら加賀屋が小百合さんに銃口を向ける。




 当然黙っていられない蒼山が、「あなた!」と怒りの形相を浮かべて、再び銃を構えようとするが、小百合さんがその腕を掴んで上げさせない。




 何で? という表情で蒼山は小百合さんを見るが、小百合さんの真剣な横顔を見て黙ってしまう。




「それはつまりあなたにとって私は仲間でも何でもないということでしょうか?」


「感謝はしてますよ。あなたのお蔭で私がこの世界をどう生き抜くべきか理解できましたから。あなたはどうやら最後まで男を憎み切ることができなかったようですが、私は違う。私はこの世界からすべての男を消すつもりですから」


「……あなたは鳥本さんを教祖にして新たな教団を作るつもりだったはずですが?」


「ああ、ご存じでしたか。そうですよ。確かにそのつもりでした。けど……やっぱり男はダメですね。この私が、わざわざ怒りを抑えてこうまで頼み込んでいるというのに、首を縦に振らない。本当に何様のつもりなのやら」




 それはこっちのセリフだ。コイツ、自分が王か何かと勘違いしてるんじゃねえか?




「まあ別に、計画が少し変更になるだけ。ただコイツだけは……」




 再び加賀屋の銃口が俺に向く。しかし驚くことに、小百合さんが俺の前に立った。




「…………そうまでして男を守りますか」


「彼は私の……いえ、私たちの恩人ですから」


「……やはりあなたには『乙女新生教』の教祖は相応しくない。結局は非情にもなれない半端者」


「そうかもしれません。ですがここで血を流すというのなら、あなたも覚悟をして頂けないといけません」


「問答無用で私を殺すつもりはないんですね?」




 その質問に対し、小百合さんは「仲間ですから」と間髪入れず返した。この期に及んでまだ彼女にそんな言葉を吐けることが凄い。俺だったら無理だ。








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