第242話 半壊

「私はあなたがせっかく集めた信者たちを引き抜いて、ここから出て行くつもりですよ? それでも処罰しないと?」


「ここに集まった者たちは私の奴隷ではありません。それに自分の意思で離れていくというのであれば、それは巣立ちと同じですから」


「…………小百合さん、あなたはやはり甘いですね。とてもこの世界で長生きできるとは思えない」




 俺もそう思う。まあそこらへんを上手く蒼山がフォローしていたのだろうが。そんな蒼山は、大好きな人が侮辱されたと感じているのか、射貫くような視線を加賀屋に向けている。




 加賀屋はスッと銃を下ろすと、後ろに控えている信者たちに目配せをした。すると意を察したかのように頷くと、信者たちはその部屋にある荷物を整理し始める。




「最後にもう一度だけ聞いておく。本当に私についてこないんだな?」




 その言葉を向けられたのは俺だ。あれだけ脅して殺そうとまでしてきたのにまだ勧誘とは恐れ入る。




「残念ですが、俺とあなたの間には縁がなかったということで」




 軽く溜息を吐かれたが、最終的に殺されることが分かっている相手の懐に飛び込みたいなんて誰も思わない。




 ここで俺を殺すのかと思いきや、銃を下ろして大げさに溜息を吐く。さすがにここで俺を殺せば、小百合さんたちも黙っていないと判断したようだ。わざわざ脅すために発砲した彼女のミスだろう。




 これだけの信者が味方にいるのだから、俺だったら捕縛してナイフで脅すなりした方が効率は良かったはずだ。


 詰めの甘さが自分の首を絞めたということだろう。一応ざまあみろと心の中で言っておこう。




 そしてこのあと、加賀屋は自分についてくる者たちを引き連れて、数台の車とともに教会から去って行った。


 その様子を俺と小百合さんたちは静かに見守っていた。




「本当に良かったんですか? 半数以上が出て行きましたけど?」




 いつでもここから出る準備は整えていたらしく、加賀屋の動きに気づいた者たちは、すぐに集まり車を手配して去って行ったのだ。




「鳥本さん……私はこれで良いと思います。彼女たちが自ら考え決めた結果ですから」


「けれど出て行った連中のほとんどが《狩猟派》。戦力としては心許無いですね」




 元々加賀屋が筆頭だったこともあり、徐々に味方を引き入れていたのだろうと思われる。教団にとって戦いを主な役目としていた者たちが抜けたことで、教団の戦力がガクンと落ちたことになった。




 今後、『宝仙組』のような連中と衝突した際、確実に不利になってしまう状況だ。




「教祖様を信じられないような者たちなど必要ありません。これはこれで膿を出し尽くしたと考えれば良い機会だったかもしれませんね」


「奏ちゃん、それは言い過ぎよ」




 蒼山はまだ腹に据えかねているのか、加賀屋たちが去って行ったあとを睨みつけながらキツイことを言い、それを小百合さんが窘める。




「しかしこれからどうするんです? 今後も男狩りを続けるとなると、戦力とかいろいろ問題になってくると思いますけど?」




 戦いに慣れていない者たちを現場に出すと、逆に返り討ちに遭う確率が高くなるだろう。さらに今残っている者たちのほとんどは好戦的ではない者ばかり。




 男が憎い。殺してやりたいと心の底から思っている連中は少ないという。何故ならそういう連中はこぞって加賀屋について行ったからだ。




 ここに残った者たちは、どちらかというと男が苦手という理由や、女同士の方が安心するという平穏を望むのが多い。つまり元々の気性が穏やかな連中なのだ。そんな彼女たちに武器を持って男を狩ってこいと言っても難しいだろう。




「別に問題ありませんよ。男狩りを始めたのもきっかけは加賀屋でしたから」




 蒼山がいまだにブスッとしながらそう言う。




「え? じゃあ小百合さん自身が男狩りを指示したわけじゃないんですね」


「小百合お姉……教祖様は、ただ信者たちの望みに応えていただけです。もっとも私も男なんてこの世からいなくなればいいと思っていますが」




 それは前回の密談の時に重々理解していた。小百合さんを傷つけた男という存在に蒼山は価値なんてないと思っているのだ。




「ですがこうなって良かった面もあります。信者たちの中には、男狩りをよく思わない者たちもいたので」




 まあ組織となれば一枚岩とはいかないだろう。洗脳でもしない限り、たった一つの信念を全員が貫き通すなんて無理な話だ。




 中には男を憎むフリをしている奴など、周りに溶け込むために演技をしている連中だっているだろうし。




「じゃあ会談で大鷹さんたちに男狩りを止めないという言葉も、加賀屋さんたちの気持ちを慮ってのことでしたか」


「……あの場で信者同士でもめるわけにはいきませんでしたから。それに私は一度それを認めたのです。ですから身勝手に覆すことは許されませんでした」


「なら今後は男狩りをしないんですか?」


「信者たちの多くが平穏を望むなら、私はただそれに向けて尽力するだけです」




 ……そこにこの人の意思はあるのだろうか。すべてを他人に委ねて。それでは生きながらに死んでいるのと同じだ。




 ……ああ、そうか。俺は勘違いしていた。




 この人はもう……あの時、弥一さんや子供たちが殺された時に死んでしまっているのだ。心が。だから自分の意思がない。




 ただ死ぬこともできず、自分を頼ってくれる者たちがいる限り、そいつらのために己を削ることを選んだのだ。彼女は自分に残された価値がそれだけだと思っている。




 考えてみれば加賀屋の行為は明らかな裏切りだ。怒るのが普通だし、組織のトップとして処断すべきものだ。




 しかし小百合さんは感情を激化させることもなく、静かに加賀屋たちが離れていくのを見守った。




 巣立ち……と小百合さんは言っていたが、何のことはない。小百合さんはもう、自分の気持ちを口にも行動にも出せないだけだ。


 本当は止めたかったのかもしれない。裏切りに怒りたかったのかもしれない。




 しかし彼女の心はもう砕け散ってしまっていて、まともな感情が働かないようになっているのだろう。




 ……悲惨なもんだな。人が壊れるってのは。








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