第240話 選択
『……ただ、実のところ、私は加賀屋さんの行為にそこまで否定的ではありません』
そういえばと小百合さんがちょっと前に口にしていた言葉を思い出す。
彼女もまた、俺が教団のトップになることを否定しないのだ。
そうか、だからこその発言ってことか。
小百合さんは自分が教祖に相応しいとは思っていない。いつでもそれに相応しき人物が現れたら、その座を明け渡す心積もりだったのかもしれない。
そして白羽の矢が立てられたのが……俺。
俺と出会ってから、こんな状況になるように小百合さんは動いていた節もある。
俺を『神の御使い』だと断じたのもそうだし、時折見せる優柔不断な判断なども、そうだと考えれば辻褄が合う。
大勢の命を背負い続けることの辛さは何となく分かるし、勝手に止めても俺はどうだっていいのだが、まさか当事者になるなんて迷惑な話だ。
小百合さんは小心者なのだろう。だから強く自分を保てないし、教祖のフリもまた限界がきているのだ。
それでも身勝手に一人で逃げ出さないのは、そんな小百合さんでも付き従ってくれる者たちがまだいるから。だから見捨てるのが怖くて逃げ出せないのだ。
よくもまあそんな小心で教祖なんか続けてこられたものである。恐らくいろんな綻びもあったことだろう。その度に、あの蒼山が上手くフォローしてきたのかもしれない。彼女は小百合さんに心酔し、小百合さんこそが教祖に相応しいと考えているから。
はぁ……マジで面倒だよなぁ。何で人間がこんなに集まったら、いろいろ厄介な問題が出てくるんだよ……。
ウチの連中なんてモンスターばかりだから、ほとんど食欲だけだぞ、気を遣うのは。まあ連中と人間とを比べるのが間違っていることは分かっているが。
ただ加賀屋たちには悪いが、ここはハッキリさせておいた方が良い。
「悪いですけど、俺は教祖になるつもりはありませんよ」
「!? どうしてですか!?」
「そもそも俺を教祖なんかに仕立て上げて何がしたいんです?」
「もちろん、我々の理念を貫き通すのみです!」
「理念とは?」
「男どもの排斥です!」
「もうその時点で破綻していることに気づいてないんですか?」
「? どういうことでしょうか?」
「俺もまた男ですよ」
「そ、それは違います! あなた様は神の――」
「御使いでも何でもない。少し変わったことができるだけの人間の男です」
確かにスキルなんていう特殊な力は持っているものの、人間の男を止めたつもりはない。
「正直慕って頂けるのは嬉しいことですが、残念ながらあなた方の気持ちに応えるつもりはありません。……話がそれだけなら、もう帰っていいですか?」
俺が冷たく言い放つと、信者たちは意気消沈してしまう。
そうして勝手に他人に期待するからだ。誰かによりかかるような人生じゃ、きっと長続きなんてしない。いずれは破滅してしまうことだろう。
大切なのは自分の力で生き抜く術を見つけること。時には頼るのも良いかもしれないが、頼り続けるのは依存になってしまう。もしその頼り先を失えば、自分の足ですら立てなくなってしまいかねないのだ。こんな時代なら特に。
まあ俺も《ショップ》スキルなんてもんがなかったらどうなっていたか分からないから、そんなに偉そうなことは言えないが。
それでも俺だったら一人で生き抜くことができるような努力は惜しまなかっただろう。何せ他の人間を信頼することなんてできないのだから。
俺が沈黙の中、踵を返して部屋から出ようとした直後だ。
――カチャ。
背後から嫌な音が響き、同時に「お待ち頂きたい」と言われ俺は足を止めた。
ゆっくり振り返ると、加賀屋が銃を構えている姿が視界に飛び込んできたのである。
「……どういうつもりですか?」
努めて冷静に尋ねた。他の信者たちは動揺を露わにしているが、加賀屋だけは険しい顔つきのまま俺を睨みつけている。
「お願いします。我々の教祖になって頂きたいのです」
「何度請われても同じです。俺にそのつもりはありません」
――バンッ!
驚くことに加賀屋が発砲してきた。
しかし弾は俺に当たることなく、俺の右側を通り、その先にある扉に当たった。
「私は本気ですよ」
……はぁ。まったくもって馬鹿らしい。
「正気ですか? そうして俺を脅して教祖にしたとして、そんな教団がまともに運営できると思いますか?」
「あなたは旗印になってくれるだけでいい。再生の力……それを誇示すれば人は寄ってくるしな」
もう敬語でもなくなってるし。
「なるほど。それがあなたの本音でしたか。元々俺を心の底から慕うつもりはなく、ただただ人を集めるための理由が欲しかっただけ」
「いいや。あなたを尊敬したのは事実だ。今も本当に『神の御使い』だとも思っている」
うわぁ、噓臭え……。
「だが私のものにならないのであれば、あなたのその力はハッキリ言って邪魔になってしまう」
最初からコイツは、俺を俺として見ているのではなく、俺の能力だけを欲していただけに過ぎない。
「そんなに人を集めてどうするおつもりですかね?」
「何度も言ったはずだ。私の望みは男の排斥。この世からすべての男を抹殺する。そのためにはどうしても数が必要になってくるのだ。それこそ……一国を作れるほどのな」
どうやら望みだけは本物だったようだ。コイツもまた、男に対し言葉にならないほどの憎しみを抱えているのかもしれない。それなのによく俺を上に押し上げようと思ったものだ。
あ、なるほど。そうして人を集め、十分に俺が役目を果たしてから殺すつもりなんだろうな。それまでは口八丁手八丁で俺を気分良くさせてマリオネットのように傀儡にしようと企んでいた。そういうことかもな。
〝殿、この者は危険です。もし断れば本当に殺すつもりです〟
シキの言う通り、コイツだけは他の信者とは違う。真っ直ぐ揺らぎのない覚悟を秘めた瞳をしている。逆らう者には容赦しないという表れだろう。
きっとここで俺が断れば、躊躇わずに引き金を引く。
さて、こっちが何を言ったところで無意味っぽい。小百合さんの時とは違う。彼女は俺に恩義があったために、俺を排除する気は最初から持ち合わせていなかった。しかし加賀屋の場合は、本当に邪魔だと感じたら即時排除してくるはず。
「さあ、答えを聞かせてもらおう。私についてくるか?」
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