第239話 加賀屋との対話
「あ、でも告白くらいはされてきたんじゃないの?」
「あーこの子ってば、目立ちたくないって言って、前髪を伸ばして目元を隠したり、服だって地味なものを着てたから」
「目立ちたくない?」
「この子、結構身長高いでしょ? だから嫌でも目立っちゃうのよ。それで小さい頃はよく男にバカにされてたりしたのよ」
なるほど。沙庭が男が苦手という理由はそこから生まれたようだ。
確かに男なんてガキの頃は、女は小さくて弱いもんだって思っている。そしてそれ以外の女子に対し牙を剥いたりするのだ。だから自分たちよりも大きな沙庭なんて恰好の餌食だっただろう。
俺がガキの時も、そういやイジられてた女子もいたなぁ。
その子はハーフで、目が青かった。だから「外人」だの「青目」だの、いろいろ言って泣かせていたことを思い出す。
何で人間ってのは、自分たちと見た目が違う存在を忌避するのか。同じ人間、同じ命、同じように生きているのに。
きっと沙庭も「デカ女」とか「巨人」とか、心無い言葉を突きつけられて傷ついてきたのだろう。だからできるだけ目立ちたくないし、自分にも自信が持てなくなったのだと思う。
「身長が高いなんて、俺からすれば魅力的な武器にしか思えないけどなぁ」
ただ、ガキにその価値を理解しろっていっても難しいだろうが。
「……周りの男どもが、アンタみたいな考えしてくれてたら、この子ももっと自分に自信を持ってたわよ」
釈迦原が沙庭の頭を撫でながら言うその姿は、妹を大事にしている本当の姉のように思えた。
するとそこへ、近づいて来る者があった。
「鳥本様、少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
――加賀屋だった。
俺は彼女の登場に、またも面倒そうな事案が来たと思って、つい身構えてしまう。
釈迦原は慌てて居住まいを正そうとするが、沙庭を抱えているので不作法になっている。
そんな彼女たちの様子を見た加賀屋が、不愉快そうな表情を見せた。
「お前たち、それでも護衛役か。情けない」
「す、すみません……!」
釈迦原が顔を俯かせながら謝る。
「あー俺に話があったんでしたっけ? ここで話しますか?」
「あ、いえ、できればついて来て頂けると幸いです」
俺が「分かりました」と加賀屋についていこうとすると、当然釈迦原が「あ、あの!」と声をかけてくる。
「お前たちはついてこなくていい」
加賀屋にそう冷たく突き放されてしまい、釈迦原も押し黙ってしまう。
「釈迦原さん、終わったら部屋に戻るから、良かったら沙庭さんと一緒に部屋で休んでおいて」
「で、でも……」
「いいから。それに君……どうもあの人のこと苦手のようだしね」
「…………分かったわ」
俺は渋々といった感じで了承する釈迦原に背を向け、先導する加賀屋のあとについていった。
加賀屋に案内されてやって来たのは、いまだ来たことのない一室だった。
そこは加賀屋に与えられている自室らしく、結構広々としている。
そして室内には、数名の信者たちの姿もあった。
皆が俺の来訪に笑顔を見せてくれていて、これまで敵意を向けられることがほとんどだったこともあって、結構な違和感を覚える。
俺は一人用のソファーに座らされ、紅茶や茶菓子などを差し出され、明らかにもてなされている状況に対し、思わず逆に警戒してしまう。
「……あ、あの」
「何か? もしかしてどこかお気に触りましたでしょうか? ならば仰ってください。今すぐ矯正しますので」
俺がいたたまれない気持ちで声を出すと、すぐに慌てた様子で加賀屋が言ってくる。
「い、いえ、別に不愉快なことはありません。ただ……物凄く歓迎されている感じなので戸惑ってしまって」
「ああ、そういうことですか。それは当然です。何せあなた様は『神の御使い』なのですから」
ああ、やっぱりそれ関連の話だったか……。
「その呼び名は止めてほしいんですけどね」
「何を仰いますか。あなた様は神に選ばれたお方ですので!」
他の信者たちも、加賀屋同様に賛同している。
「そもそもあなた方が慕うべき人は小百合さんでしょう? 俺はただの余所者ですよ」
「……確かに我々も当初は教祖様……小百合さんを慕って集まった者たちで間違いございません」
「だったら……」
「ですが、今の小百合さんに付き従っていくつもりはないのです」
「……何故です?」
「……それは他ならぬ小百合さん自身が、あなた様を『神の御使い』だと認めたからです。そしてそれは我々が掲げていた『心想の神』ではなく、真の神の使徒だと」
「! ……それを小百合さんが?」
「はい。先日、皆の前でそう発言されていました」
まさかそんなことを小百合さんが言っていたなんて。だってそれは今まで彼女たちが心の支えにしてきたものを否定するような行為だ。
何故そんな自ら教団を割ってしまうような発言をしたのか……。
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