第237話 平和な冷戦

「あれほどの大樹です。たとえ火を放っても全焼するには数日はかかるでしょう。その間にココは侵食されてしまいませんか?」


「それは……ですが、ならばどうすればいいというんですか? あのような巨大なものを一瞬で消したりなんてできませんし……」




 ただの木ならば一瞬とは言えないが、そこそこの短期間で燃やす方法はあるかもしれない。しかしアレはSランクモンスターだ。ただの火が効果あるのかも分からない。そもそも燃やしている間、ジッと大人しくしているわけがないのだ。




 もしあそこで大暴れされたら、侵食どころの話ではない。この街は壊滅に追いやられてしまうことだろう。




 やはり賢い選択は、Sランクモンスターは暴れさせてはならないということである。




「俺も加賀屋さんの言う通り、あの大樹が侵食の原因だろうと睨んではいます」


「おお! さすがは鳥本様だ! 聞いたか蒼山、この方もこう仰っているぞ!」




 まるで勝機を得たかのような感じで胸を張る加賀屋に対し、蒼山は「余計なことを」と言うような様子で俺に冷たい視線を送っている。




「では鳥本さん、あなたは即時行動を起こすべきだと?」


「いえ、それは違いますよ、小百合さん」




 俺の言葉に「え!?」と驚愕する加賀屋。




「ど、どういうことですか! 大樹が原因だと仰ったじゃないですか!」


「その可能性があるとは思います。しかしアレは普通の森じゃないし、あの大樹もまた間違いなく普通ではない。俺は……モンスターではないかと考えているんです」


「モ、モンスター……ですか?」


「ええ。俺の知り合いに、モンスター討伐を専門としている方がおられるんですが、その方が以前、木のモンスターと戦ったことがあると言っていました」


「木のモンスター……」


「しかもそのモンスター、大地に根を張り周りに次々と新しい大木を生み出す能力を持っていたそうです。……どうです? 何か似てませんか?」




 もちろん作り話ではあるが、さて、信じてくれるかどうか……。




「それは本当なんですか?」


「無論規模は違います。その方が対峙したのは全長五メートル程度の大木でしたから。しかしそういうモンスターがいる以上、似たような現象が起こっていることを考慮して、下手に手を出さない方が良いと思います」


「しかし鳥本様! ならば尚更のこと、あの大樹を何とかしなければ、我々の住む地が侵されてしまいますよ!」


「加賀屋さんの言っていることは正しいです。ですから討伐するにも慎重に行動しなければなりません。何も考えずに特攻したところで、相手がモンスターだったら全滅なんてこともあるので。違いますか?」


「それは……はい」




 ようやく僅かながらも冷静になってくれたようだ。勢いのまま突っ走って、ベルゼドアと戦闘なんて勘弁だ。たとえ戦うにしても、せめて十分に準備してからにしたい。




「恐らく『平和の使徒』や『イノチシラズ』も、力を合わせて森を調査していることでしょう。小百合さん、嫌かもしれませんが、ここはこの街を……あなたたちの居場所を守るためにも、彼らと共同して事に当たってほしいです」


「そう……ですね。元々『宝仙組』を討つために共闘しようとしていたのです。それは問題ありません」




 しかしよく考えれば、こうして共通の敵が存在することで、少なくともコミュニティ同士の衝突は避けられている。




 皮肉なことだが、現状が一番の平和を保っているのかもしれない。




 ただこれであまり猶予は残されていないことが分かった。教団がベルゼドアに対し冷戦状態なのは、もって数日。侵食が目の前に近づけば、たとえ調査不足と言えど行動に移すことだろう。




 大鷹さんたちだって、この街を守るために戦うことを選ぶかもしれない。




 俺にとったら馬鹿げた行為でしかない。敵わない相手に命を懸けて抗うなんておかしい。それに今は勝てなくとも、一旦逃げて戦力を整えるという選択肢だってあるのだ。




 たとえ街が崩壊したとしても、それで自分たちの命が亡くなってしまったら何の意味もない。


 俺だって本当にどうしようもない状態になって、【幸芽島】に森が侵食してくるようなら、島ごと放置することだって考える。




 もっとも俺の場合は、島を《ボックス》に収納することができるから、まだこうして心の余裕があるのかもしれないが。




 とにもかくにも、ここ数日内にオレミアが見つかるかが勝負か。


 今後の予定に一旦決着がついたことで、その場は解散となったが、小百合さんから、俺だけは少し話したいことがあるから残るように言われた。




「ありがとうございました、鳥本さん」


「トップも楽ではないですね」


「様々な意見が出るのは良いことです。それだけ選択肢があるということですから。ですが全員が納得できる回答を出すのは難しいものです」


「だから俺を仲介に入れたってことですね。……加賀屋さん対策として」


「! ……気づかれていたのですか?」


「どうも最近、彼女の俺に対する態度に違和感がありましてね。もしかしてとは思いますが……《改革派》ってやつなのでは?」


「……! その話をご存じだったのですね」


「まあ、同じ場所で生活していますから」




 実際は蒼山に教えてもらったのだが。




「私が鳥本さんを『神の御使い』と称した頃からでしょうか。加賀屋さんがよく信者たちを集めて話をしていると蒼山さんから報告があったのです。調べてみると……」


「俺を教団のトップに押し上げる話をしていた、ですか?」


「……はい」




 実際これは予想外だった。幹部に収まっている以上は、蒼山のような小百合さんに心酔している輩だと思っていたからだ。




 それなのに外部、しかも男を崇めようとしているなど驚嘆ものの真実だろう。








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