第236話 二つの意見

「マスターはそこらの人間とは違う。むしろオレミア同様に人間を嫌っている」


「……だからって俺だって人間だしな。受け入れてもらえるかは分からん」


「マスター、あなたはモンスターでさえこうして受け入れておられるじゃないか」


「それは……」


「恐らく……だが、ベルゼドアがマスターにそこまで話したのも、傍にシキ殿やカザ殿といった『使い魔』がいたからだと私は思う。人間はモンスターを忌み嫌い、排除しようという輩が多い。まあ人間といっても向こうでは『ヒュロン』だが。しかしマスターはモンスターとの対話を望める人物だ」




 それはまあ……相手が相手だってこともあるし。シキたちだって『使い魔』として購入したから傍に置いているだけだ。俺にとって必要だからという理由が付き纏う。




「理由があるにせよ、モンスターを粗雑に扱っていないという状況は、ベルゼドアやオレミアにとっては良いことだと思うぞ」


「……そうか」


「そんなに不安なら、無論私もオレミアとの交渉についてはいくが」


「……いや、そうだな。お前がそこまで言うなら信じてみようと思う」


「うむ。では私はイオルやイズたちとここで待つことにしよう」




 こうして俺、シキ、カザ、そしてソルを加えた四人体制で、オレミアとの接触を図ることになったのである。














 ――翌日。




 ベルゼドアとの邂逅から十時間ほど経った頃、何とかまだ小百合さんたちは過激な行動には出ていなかった。


 島からすぐに教会へと戻った俺は、鳥本として教団の様子を観察していたのである。




 大鷹さんや崩原のコミュニティについては、円条を通じて、下手にベルゼドアに手を出さないように告げたので、誰もジャングルに入ったりはしていない。




 ただ問題は他の人間が、何かしら行動を起こさないかが心配ではある。コミュニティは他にもあるし、家や土地を守るために行動を起こす人物だっているかもしれない。




 まあジャングル内にはモンスターもウヨウヨいるから、普通のコミュニティではベルゼドアに辿り着くこともできないだろうが。




 あれから《サーチペーパー》から音沙汰がない。マッハ3で移動できるんだから、たとえ南極や北極にいても辿り着いてるはずだ。見つからないのは、やっぱりどこかに身を潜めているからか……。




 せめてあと一日や二日で発見できればいいのだが……。




 その時、自室の扉がノックされ、返事をすると向こうから沙庭と釈迦原が顔を見せた。


 何でも小百合さんが呼んでいるらしく、今すぐに執務室へ来てほしいとのこと。




 俺は了承だと伝えると、二人と一緒に執務室へと向かった。


 すると扉の向こうから声が聞こえてくる。




「――いいや、ここは打って出るべきでしょう!」


「ダメよ。森の調査が終わっていないのに、気軽に部隊を送り込むなんて自殺行為だわ」


「慎重過ぎる! 大体森は今も広がっているのだぞ! このまま放置すれば、ココだっていずれ飲み込まれてしまう! 悠長に構えている場合ではない!」


「だからといって無暗に特攻したところで、私たちだけでは限界があるわよ!」


「だから例の男どもを利用すればいいと言ってる! 向こうだって街を守りたいとかほざいていたじゃないか!」


「それも含めて慎重に考えて動くべきだと言っているのよ!」




 どうやら二人の人物が言い争っているようだ。


 俺が扉をノックすると、一旦声は静まり、中から小百合さんの入室許可が響いてきたので、「失礼します」と言って扉を開けた。




 中では執務机に座る小百合さんの前で、青頭巾――蒼山と加賀屋が互いに睨み合っている。


 なるほど。言い争っていたのはこの二人だったか。




「何やらご用とのことでしたが?」


「呼び立ててしまいすみません、鳥本さん。実は今、教団内で意見が二つに分かれておりまして」




 聞けば、先程の言い合いからも分かる通り、今すぐジャングルに入って侵食の原因を突き止め、その原因を排除すべきだという一派と、今はまだ静観し様子を見守る一派で別れているらしい。


 蒼山は静観派で、加賀屋は行動派だと聞かされる。




「なるほど。小百合さんはどう思うんです?」


「私はどちらの意見も理があると考えています。加賀屋さんの言う通り、早く侵食の原因を突き止めた方が、皆も安心できますし。ただ蒼山さんの、動くのは時期尚早だという意見も正しいと思います。森の調査も不十分な上、私たちだけでは返り討ちに遭う危険性も高いので」




 ふむ。俺も両者の意見にそれぞれ価値はあると思う。何せ自分たちの大切な居場所が侵食されそうになっているのだ。早く何とかしたいと思うのが普通だろう。しかしその反面、下手に動いて取り返しのつかない事態を招くかもしれない。




「鳥本さんにも意見を伺いたく、こうしてお呼びしたのです」


「そうだ! あなた様はどうお考えですか、鳥本様?」




 少し食い気味に加賀屋が俺に詰め寄りながら聞いてくる。あれ? この人、男が苦手じゃないのか?




 しかも何やら期待のこもった瞳を向けられてきているが。そんなにこの人とは接点がないし、今まで敬語でもなかったのに不思議な気分だ。




「そう、ですね…………加賀屋さんは、侵食の原因に当たりはつけているんですか?」


「無論です。さすがにあの広大な森の中を当てもなく探し回るのは効率が悪いですから」


「ほう、では原因は何だと?」


「十中八九、あの巨大な大樹でしょうね」




 ……ま、それくらいは予想つくだろうな。明らかにベルゼドアが現れてから侵食が始まったし。それにあのインパクトだ。何かしらあると考えてもおかしくない。




「なるほど。あの大樹が原因だったとして、どうやって侵食を止められるんですか?」


「やはり火……でしょうか。焼失させればあるいは……」




 そんなことすれば確実にベルゼドアの怒りを買って加賀屋たちは皆殺しだろうな。








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