第231話 異世界の大樹

 カザから話を聞いて、俺は思わず頭を抱えていた。




「ちょっと、どうしたのよ? もしかして気分でも悪いの?」




 俺の背後に控えている釈迦原が声を掛けてきた。


 まさか俺の身を案じてくれるとは、コイツも少し柔らかくなったものだ。




「あ、あの、お水でも飲まれますか?」




 沙庭が俺に水の入ったペットボトルを渡してくる。




「いや、別に大丈夫だよ、ありがとう二人とも」


「べ、別にアタシは心配したわけじゃないわよ。教祖様のお手を煩わせたくなかっただけだし」




 はいはい、ツンデレツンデレ。……いや、コイツの場合は本当にそうかもしれないが。




「本当に大丈夫ですか? 額に汗も浮かんでいますけど」




 そんな俺たちのやり取りに気づいたのか、小百合さんが「鳥本さん、どうされました?」お尋ねてきた。




 あー気付かれちまったか。




「何だ、気分でも悪いのか鳥本? 飯ちゃんと食ってこなかったんじゃねえか? 俺もまあ毎朝食わねえと力出ねえしな」


「そうそう、才斗さんってばデザートがなかっただけでその日一日不機嫌ですしね」


「うっせチャケ、余計なこと言うな! このハゲ!」


「これは剃ってるんすよっ!」




 相変わらずこのコンビは見ていて面白い。




「あなたじゃないんですから、そんなことで気分を悪くしませんよ」


「しかし本当に気分が悪いなら退出していたらどうだ?」


「大鷹さん……ありがたいですが、仲介役の俺がいなければ、誰があなたたちの一触即発を止めるんですか?」


「そ、それは……」


「ここで戦争なんかおっ始められたら、それこそヤクザとの抗争を回避できたのに意味がないじゃないですか」




 ぶっちゃけると、大口の商売相手を失いたくはないので、できれば止めてほしいのだ。




「だがな鳥本、男狩りを許容なんてできねえ。お前さんは、田中さんたちに認められてるみたいだから安心だがよ。殺される対象にとっちゃ気が気じゃねえしな」




 まあ、大鷹さんの言いたいことは分かる。俺だって心情的にはもちろん大鷹さん側だ。


 しかし今、こんなことで争っている場合じゃない。そのことを俺だけは知っているので、本当にもどかしい。




 ……あ、そっか!




 俺はあることを思い付き、カザと再び《念話》をしてあることを頼んだ。


 すると『平和の使徒』の一人が、その手に持っていた《文字鏡》を見てハッとし、




「お、大鷹さん! 円条から情報です!」




 と、慌てた様子で声を上げた。




 当然全員がそちらに意識を向けられ、大鷹さんは《文字鏡》を確認する。




「なになに……ジャングルに異変あり、至急調べられたし? 何だコレ?」


「旦那、円条からは何だって?」


「ん? ああ、どうやら例のジャングルに異変があったらしくてな。調べろってよ」


「は? ジャングル? もしかして『宝仙組』の残党が何か動き出したってか?」




 その言葉を受け、小百合さんたち教団の目の色が変わる。動くなら殲滅すると口にしたのだ、当然の反応かもしれない。


 よし、これでさっきまでの殺伐とした雰囲気が一掃できた。




「小百合さん、ジャングルの周辺に信者を送って状況を確かめてはどうですか?」


「鳥本さん……そうですね。お願いできますか?」




 彼女は加賀屋に顔を向けながら頼み込むと、彼女は「お任せを」と言って部屋を出て行く。




「俺らの方も調査に出た方が良いな。頼めるか?」


「はい、了解で――」




 大鷹さんの指示で、彼の仲間が返事をしようとしたその時だ。




「ボスーッ、外見てくださいボスーッ!」




 外からこれまた大鷹さんの仲間の一人の叫び声が聞こえてきた。


 そしてそのあとに、先程出て行った加賀屋も慌てて戻って来る。




「教祖様!」


「ど、どうかしたのですか加賀屋さん?」


「大変です! 今すぐ外へ出てご確認を!」




 どうやら只事ではないことが起きていることに誰もが気づいたようで、皆が一斉に館から外へと出る。


 そして全員が一カ所の方角に顔を向けて目を丸くしてしまう。




「……んだよアレ……!?」




 先に驚き声を上げたのは崩原だった。




 ……おいおい、あんなにデカいのかよ。




 俺もまた事前にカザから聞いていたとはいえ、驚きを隠せなかった。


 ここからでもよく見える。




 それはまるで山のように聳え立つ一本の大樹。街中から突き出るようにして、その巨大な存在感を示していた。




「こっちに来た時はあんなもんなかったぞ? どういうことだ?」


「あっちはジャングルの方角……か。旦那、円条の言ってた異変って……」


「ああ、間違いなくあのことだな。けど何でいきなりこんなことに……アレもダンジョン化の一種ってことか?」




 あながち的外れではない。異世界化の象徴の一つなのだから。




 にしてもあの大樹の威圧感はすげえな。もしかしてアレが……『暴食樹』なのか?




〝左様ですな。異世界の熱帯地方に存在するSランクモンスターの一種です〟




 シキも見たことくらいあるらしく、剣呑な声音で教えてくれた。


 こんなにも大きなものだとは思わなかった。遠目しか言えないがスカイツリーくらいは確実にある。




〝まだまだあんなものではありませぬ。アレは周りの養分を吸い取って、もっともっと大きくなるので〟




 シキからの嫌な情報が入ってくる。アレでもまだ成長途中だという。


 さすがにこうして目の当たりにして分かる。アレは放置しておいて良いものではない、と。








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