第230話 Sランクモンスター

「安心してください。もしまた『宝仙組』の残党が我々に牙を剥いたその時こそ、必ず壊滅させると約束しましょう」


「……差し出がましいことを言いました。申し訳ありません」




 今度こそもう何も言わないといったように彼女は謝罪をして押し黙った。


 これでどうやら結果が出たようだ。




「あ~でもせっかく武器も購入したし、何日にも渡って戦略会議だってしたってのに、徒労に終わっちまったなぁ」


「そう言うな崩原。武器はいずれ必要になるものだしあっても困らん。それに争いが起こらないのならそれが一番だ」




 さすがは大鷹さんだ。人間ができている。元傭兵ではあるけれど。ただその経験があるからこそ、誰よりも争いの残酷さを身に染みて理解しているのだろう。




「じゃあ……同盟はこれで終わりってことか?」




 崩原が戦後にする予定だった話を持ち出してきた。




「ああ、そうだったな。……田中さん、改めて聞くが、本当に男狩りを止めるつもりはねえのか?」


「もちろん。それが我々『乙女新生教』の理念ですので」




 やはり揺るがない小百合さんの意思を聞き、大鷹さんは苦々しい表情を浮かべる。




「でも俺らは街の平和を守るためにいる。あんたらを放置しておくことはできねえんだよ」


「ならどうしますか? 我々を殲滅しますか?」


「無暗に争いを広げるつもりなら……な。それに今回購入した兵器もこっちが保管してるし、今戦えばどうなるか……分からないあんたじゃねえよな?」




 信者たちが小百合さんを守ろうと、武器を構えて前に出る。




 まさに一触即発。先程の勝利ムードは本当に一瞬の出来事というか、幻だったのではないかと思うほど殺気立っていた。




 さて、俺はどうしたものか……。




 ここで全面戦争なんかされたら巻き添えを食う。できればよそでやってもらいたいが。




〝ぷぅ! ご主人! 大変、大変なのですぅ!〟




 もう何度目だろうか。またもソルからの警告が頭の中で響いてきた。




〝ソル、今ちょっと取り込んでるんだが……〟


〝あ、ごめんなさいです! でもほんとに大変なのですよぉ!〟


〝大将、ソル殿の言っていることは間違ってはござらんよ。拙者も確認済み。聞いておくべきでござる〟




 そこへソルとともにジャングル周辺を監視しているであろうカザからの発言。


 つまりマジで厄介事が起きたらしい。




〝一体どうした?〟


〝森が! ジャングルがぶわ~って広がってるんですよぉ!〟


〝……は? えと……どういうことだ?〟




 何とも要領を得ない言葉に、俺は思わず眉をひそめてしまった。




〝ソル殿、それでは分かりにくいでござるよ。拙者が代わりに説明するゆえ〟


〝うぅ、お願いするですぅ〟


〝実は少し前からジャングルに異変が起き始めたでござるよ〟


〝異変だって?〟


〝うむ。ジャングルの中央部分の大地が徐々に盛り上がっていき、そこから一本の大樹が突き出てきたのでござる〟




 大樹が突き出てきた? 一体どういう現象だそれは?




〝その様子を見て、拙者はある地域を思い出したのでござる〟


〝地域? それは異世界の話、か?〟


〝左様でござる。その地域の名は――【暴食の森】〟




 カザが語るその森の正体に俺は息を飲むことになる。


 聞けば、その【暴食の森】は、周囲の大地を侵食し森へと変貌を遂げさせるのだという。




 何だそれ、森林が増えるのは良いことじゃね?




 そう思った俺だが、森の恐ろしさは俺の想像を超えていた。


 何せ侵食に際限がなく、阻む存在がいない限り永遠に広がり続けるらしい。




 草原も山も街も海も……そして人も。




〝人も侵食するのか?〟


〝左様。飲み込まれた者は草木となり、森の一部になってしまうのでござる〟




 これはさすがに楽観視できるようなことではない。


 昨今緑が少なくなってきた地球にとっては、森林が増えるのは環境にとっては良いと思ったが、人をも殺してしまうのだとすれば問題だ。




 それに海すらも飲み込んでしまうとなれば、いずれはこの地上から海が消えてしまうことも意味している。いや、そんなことよりも人は住処を追われ、それこそこの地球から排除される。




 俺が住んでいる【幸芽島】も例外じゃないだろう。




〝ただ疑問が残る。際限なく広がっていく森なら、何故異世界はまだ無事なんだ? もしかして発現したばかりなのか?〟




 今回のように、発現して間もないのであれば分かるが、数百年、いや、数十年でも相当な規模を侵食されているはずだ。何の対処も施していないはずがない。




〝いや、拙者の知るところだと、森はすでに太古の昔から存在したと聞く〟


〝だったら何で異世界の全部でジャングル化してない?〟


〝それは周りに他のSランクの縄張りが存在するからでござろう〟


〝縄張り……だと?〟




 カザ曰く、森の周辺には、それぞれSランクモンスターの縄張りが存在するのだという。もしその土地まで侵食してしまえば、間違いなく争いへと発展する。




〝Sランク同士がぶつかり合えば、世界が終末を迎えかねないとも言われておるし、森もまた滅びを迎えてしまう危険性があるでござる。だからこそ最低限の侵食に留めているのでござろう。しかしこの世界ではSランクの縄張りなどがないゆえ……〟


〝際限なく侵食することができるってことか。侵食の速度はどれくらいだ?〟


〝毎分1メートルってとこでござるかな?〟




 そんなに早いのか!? 毎分1メートルというと、時速60メートルってことだ。つまりは一日で1440メートル。一キロメートル以上が侵食されてしまう。




 しかも一部だけじゃない。ジャングルは周囲に均等に広がっている模様。このままじゃ数年で日本は森林地帯と化してしまう計算だ。




 マズいな。俺も他人事じゃなくなってきたぞ。




 数年くらいでは、まだ俺の島は安全だが、いずれは地点まで辿り着くのであれば放置はできない。




 ……ん? 待てよ? さっきカザはSランク同士がぶつかり合うって言わなかったか?




〝お、おいカザ、ちょっと確認したいんだが〟


〝何でござろう?〟


〝その森が広がっている原因は……何だ?〟


〝当然森の主にござる〟


〝!? ……主ってのはまさか……?〟


〝『暴食樹』――ベルゼドア。紛うことなきSランクモンスターでござる〟




 ……どうやら俺が平和に暮らすには、まだまだ乗り越えなきゃならない問題があるらしい。








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