第227話 宝仙組の壊滅
「組は俺がもらいますよ。これからは『宝仙組』じゃなく、『赤桐組』としてね」
「て……めえ……っ」
「それにこれは俺だけの意向でもないです。本家からの命令でもあるんですよ」
「なにぃ……っ、本家……だとぉ?」
本家というと『火口組』ってことだろう。
「本家は『宝仙組』にほとほと愛想が尽きてたみたいですよ」
「な……んで……?」
「知ってましたか、若? 親父は跡目を狙ってたんですよ。『火口組・五代目』をね」
「!? あの……オヤジが……まさか……っ」
「とてもそうには見えなかったって? 確かに親父は表ではヤクザに相応しくねえ温和さでシノギをしてましたがねぇ。若はその態度が極道じゃねえって、いつも親父と衝突してましたけど。でも裏じゃ、いろいろあくどいこともやってたんですよ。そしてその一つが本家の怒りを買っちまった」
「んだよ……それぇ?」
「四代目を殺そうとした」
「!? 噓……だろぉ?」
「残念ながら本当ですよ。もちろん親父はしらを切りましたがね。けど本家の調査力を舐めてた。そんで親父はいずれ本家に殺されることを危惧して、密かに他の組を懐に入れようと持ち掛けてた。手を組んで『火口組』を潰そうとね」
ヤクザの世界はよく知らないが、そういうことは結構あるものなのだろうか?
「親父は昼行灯だったんですよ。表では良い顔をして、裏では絶対的支配を望んでいる。ただ親父は焦ってた」
赤桐が懐から取り出した一枚の紙。それを宝仙に突きつける。
「これ、何か分かりますか?」
「……診断……書?」
「そう、親父のね。どうも親父は重度のガンにかかってたみたいなんですよ」
「!?」
「その顔、やっぱ知らなかったですか。……だから親父は焦ってた。まだ生きている間に最高の名誉を得たかった」
「だから……跡目……を?」
「親父も根っからの極道だったってことですよ」
「な、何で親父は俺に……言わなかった……んだ?」
「簡単です。単にあんたは信用されてなかっただけですから」
「何……だと?」
「親父のやり方とあんたのやり方は違う。あんたは感情的ですぐに暴発しちまう。だから親父は都合の良い鉄砲弾にくらいにしか思ってなかったはずですよ」
「クソ親父がぁぁぁ……っ」
「お互い様でしょ。あんただって親父が死んで喜んでた。いいや、俺に教団をけしかけさせて殺させたんだし」
!? ……コイツら、組長に教団を差し向けたのか?
突然の真実に俺は思わず前のめりになってしまった。恐らく組長の周りが手薄になる時間帯を、それとなく教団に情報として流したのかもしれない。
つまり小百合さんたちは、まんまとコイツらの思惑の通りに動いてしまったというわけだ。まあ思惑通りでも、男を殺せたこと自体で彼女たちにはメリットはあったが。
「あんたらは良い意味でも悪い意味でも極道だった。自分だけが頂点に立つ。それのみに人生を集約させ、たとえ家族でも利益のためにはあっさりと切り捨てられる。けど良い機会だから教えときますよ」
赤桐はグッと引き金に力を込める。
「独りよがりじゃ、人はついてきませんよ」
――バンッ!
まさに冥途の土産か。忠告を一つ与えてから、宝仙の頭を撃ち抜いた。
マジで殺しやがったな。仮にも補佐として常に傍にいた立場なのに。
やはりコイツもまた極道ってことなのだろう。
赤桐は物言わぬ骸と化した宝仙を冷たい目で見下ろしながら溜息を吐く。
「あんたももう少し賢ければ長生きできたと思うけどな。さて……」
厄介そうな眼差しで目の前のジャングルを睨みつける赤桐。
「これからどうしたものか。ああ、それよりもこうなった以上は、ここら一帯を仕切っても猿山の大将にしかならんな。別に命張って教団どもとやり合うメリットもなし。……本家に戻るか」
組長、若頭ともに消え、残ったのは若頭補佐とその部下たち。普通の感覚でいえば、若頭補佐の赤桐が組のトップになり得るだろう。
しかし今の発言から考えると、赤桐には教団と事を構えるつもりはないらしい。まあ元々は組長が殺されたメンツを保つための戦争だったはずだし、人数を集めれば勝てるだろうとタカをくくっていた宝仙のバカな考えだったと思う。
そんなバカなトップが死んだことで、赤桐は選択権を得たのだ。
このままメンツのために命を張るか、くだらないものだと切って捨てて相手にしないか。
どうやら赤桐は後者を選んだみたいだが……。
〝ソル、赤桐の動向が気になる。しばらくあとをつけて情報を探ってみてくれ〟
〝お任せなのです!〟
俺はモニターを切って大きく息を吸って、肺から一気に空気を追い出す。
いきなりいろんなことが起き過ぎた。少し整理しよう。
まず戦争において、俺たちが攻めるべき『宝仙組』の事務所周辺が異世界化してしまった。次に大将首である宝仙闘矢が、その配下である赤桐に殺される。
組長も若頭も失い、これで事実上の『宝仙組』の壊滅だ。
そして現トップである赤桐は、教団と争う気はなさそう。
「となると……あれか? つまりは肩透かしで終わるってことかこれ……?」
『宝仙組』との決闘に対し、こちらは三つのコミュニティを結集させ、数日かけて戦略会議まで行ってきたというのに、そのすべてが徒労に終わってしまった。
「……あ! くそぉ……せめてもう少し待ってくれたら良かったのに」
今日の夜に大鷹さんたちに兵器を渡すのだ。
「いや待てよ。小百合さんたちはまだ宝仙が死んだことを知らない、よな? ……カザ!」
俺はついそのままカザの名を叫んでしまった。
〝どうしたでござるかな?〟
〝いきなり悪いな。今すぐ宝仙の亡骸を確保してくれないか? そんでどっかに隠してほしい〟
〝ふむ。よく分からぬが承知した〟
よし、これで誰かにバレる前に宝仙の死を隠蔽することができるだろう。
とりあえず今日を乗り越えて金を手に入れてから、宝仙の死を明らかにすればいい。
これで誰一人傷つかずに、俺も懐が潤う。予想外の結末ではあるが、ハッピーエンドに近い流れになっただろう。
「ふぅ……しかしまさかこんな結末になるとはなぁ。人の思惑ってのは分からんもんだ」
まさか全面衝突の前に、ヤクザが内部分裂して組が息絶えるとは。
「とりあえず明日、小百合さんたちはどう出るか……だな」
このまま大人しく終わるかは、明日次第だと思い、俺はベッドに横になった。
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