第224話 戦争への不安

「先に大将首……恐らくは現若頭になると思いますが、宝仙闘矢の首を取った者が所属するコミュニティが、生き残ったヤクザの今後を左右できることにする」




 俺の案を聞いた小百合さんが「私どもは構いませんが」と応じると、大鷹さんと崩原も同じように了承した。




 これで一応は互いに衝突することなく戦争に臨むことができるだろう。問題は戦争が始まってから、彼らが宝仙闘矢を目の前にした時だが……。




 まあ、俺にとっちゃヤクザが全滅しようがそうでなかろうがどっちでもいいしな。あとは成り行きに任せることにするか。










 三つの勢力の会談が一区切りついたところで、その日は『平和の使徒』のみが解散となった。彼らには武器調達という仕事があったからだ。


 小百合さんと崩原は、今後の戦略などを固めるために話し合いを続ける。




 そしてその日の午後九時には、大鷹さんと円条ユーリとの取引が行われ、俺の懐がまたも大分潤う結果になったので、俺としては大満足な結果になった。




 事情を知っている俺は、できるだけ早く納品することを約束し、翌日には大鷹さんも戦略会議に参加する手筈になっていたのである。


 ただ俺……いや、鳥本としての俺には少し予想外な展開が待っていた。




「では鳥本様、これからよろしく願いしますね」


「は、はぁ……」




 目の前にいるのは、『乙女新生教』の医師担当である朝峰優菜である。以前にもコンタクトはしていた。どちらかといえば、そこまで男を拒絶するタイプではない。




 何故俺がこの人によろしくされているのかというと……。




「鳥本様には、ここに運ばれてきた者の治療をしてもらいたいのです」




 現在教会の敷地内にある一角には、広々としたブルーシートが敷かれ、その上には大型の天幕が張られている。




 その中には粗末なベッドが幾つか設置されていて、いつでも怪我人を収容することができる状況が整っていた。




「にしても、あの小百合さんがよく敷地内に男を入れる許可をしましたね」


「憎い相手といえど、今回ばかりは手を組む者たちですから。ここを拠点として戦う以上は、やむを得ない選択かと」




 聖地と言い張り、男の侵入をあれほど避けていたのにもかかわらずだ。




 まあ治療する俺としても、できるだけ一カ所に怪我人を集めてくれた方が楽だからという意見をしたから、小百合さんや他の信者も折れてくれたのかもしれないが。




 しかも信者たちからの許可も予想外に多かった。俺が言うならということで、だ。恐らく許可を出した信者たちの多くが、蒼山さんが言っていた革新派だろう。




 なるほど。すでに俺の意見が力を持っている事実が証明された。これは確かに教団を割る理由になる。蒼山さんが恐れているのはこれなのだ。


 それに俺としても教祖なんてなるつもりはないので、非常に迷惑な話ではある。




「でもさすがに信者たちが運ばれる場所はあっち……なんですね」




 俺の視線は、前に足を踏み入れた建物を捉える。ココと対面する形に建てられていて、すぐにそちらにも移動できるようになっていた。




「そこはまあ……仕方ありません。男性と一緒の空間に運ばれるくらいなら死を選ぶって子たちもいますので」




 それはまた難儀な。そもそもそんなことで命を捨てるなんて俺には考えられない。




 たとえ助かるなら、王坂と一緒の病室だったとしても…………あれ? 嫌だなこれ。




 考えてみれば大分、いや、かなり……いやいや、物凄く拒絶したい。


 何となくだが、信者たちの気持ちも分かったので反論を口にすることは止めた。




「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」


「何です、朝峰さん?」


「私たちは本当に勝てるのでしょうか?」


「……不安なんですか?」


「っ……」




 まあ無理もない。朝峰さんだってまだ三十代にもなっていなさそうだし、戦争なんて経験していないだろう。《狩猟派》でもないらしいし、直接人を殺めたこともないはず。もしかしたら殴り合いのケンカだってしたことがないかもしれない。




 それに彼女は聞くところによると、本当に医師をしていたという。とはいっても心療内科らしいが。ただインターンシップの時に、いろんな科で学んだとは言っていた。だから知識として外科や内科の治療法もある程度は分かるとのこと。




 そのすべては人を治すためのもの。人を傷つけ殺すためのものじゃない。


 これから多くの死人が出る。俺も参加する手前、できるだけ死人は出さないつもりだ。無論その後には莫大な見返りは頂く予定ではあるが。




 だが確実に死人は出るだろう。ここに運ばれるまでもなく、即死する連中だっているはずだ。そして敵には想像以上の犠牲者が出るのも間違いない。




 複雑だろう。医師としては間違った行為をしているのだから。




「怖いのなら教団から離れても良いのではないですか?」


「それは……できませんよ」


「どうしてか聞いても?」


「確かにこの教団が行っていることは過激を通り越していると思います。許されざることでしょう。何せ罪もない男性を手にかけているのですから。私もその行為を黙認しているのですから医師失格です。けれど……」




 物悲しそうな表情で、朝峰さんは続ける。




「……それでも私は教祖様に……この教団に救われましたから」




 彼女が暴徒に襲われそうになっているところを、小百合さんたちが助けたそうだ。




「実をいうと、私にはすべての男性が消えれば良いとまでは思えません。ですが……私にとって、この教団は居場所で、家族です。ですから……守りたいんです」


「そうですか。……なら大切にすれば良いと思いますよ」


「え?」


「そこに居たいって思えるような居場所なんて中々見つかりません。特にこんな世の中じゃね。けれどあなたは幸運にもそれを手に入れることができた。なら手放さないようにすれば良いと思います。少なくとも、俺はそうやって生きてきました」


「鳥本様……ありがとうございます。何だか少し……救われた気がします」




 朝峰さんは自分が間違っていると思っている。しかし俺にとっては何が正しいか間違いかだなんてどうでもいい。そんなものは第三者が勝手に決めてくれればいいのだ。




 大事なのは自分が自分らしくいれるかどうか。そして……後悔しないこと。




 自分で悩んで考え抜いて出した答え。その選択。


 それが自分にとって在るべき答えだと信じるしかないのだ。




 そしてそれを奪おうとする輩がいれば、どんな手段を用いようがぶっ倒す。そういう気構えで良いと俺は思う。




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