第223話 互いに譲らない

「あん? 何だそれは?」


「そういや崩原は知らなかったか? コイツは円条……あー例の武器商人からもらったものでな。鏡としても使えるが、連絡手段としても使えるんだ」


「はあ? 鏡が連絡手段? どういうこった? 俺はてっきり血迷った旦那が化粧でもし始めるかと思ってたぜ」


「アホかお前は! そんなわけがねえだろうが! いいから見てろ!」




 大鷹さんの言っていることは正しい。今彼が持っているのは、ドラギア王にも連絡手段として渡しておいた《文字鏡》である。




 そこに文字を刻み込めば、セットになっているもう片方の鏡に文字が浮かび上がるファンタジーアイテムだ。




〝カザ、聞こえるか?〟


〝うむ、問題ござらんよ〟




 いつも通り、カザには外で周囲を監視してもらっている。ちなみに例の捕縛した監視者だが、やはり『宝仙組』の傘下のチンピラどもで、残念ながら大した情報は持っていなかった。カザが優し~く尋問したので間違いないだろう。




〝お前には《文字鏡》を持たせていたな? そっちに連絡が行くから確認してくれ〟


〝承知。……おお、確かに。大鷹殿から至急会いたいという旨が書かれているでござる〟


〝なら本日の夜でも構わないと伝えてくれ。詳しい時間指定もそちらに任すと〟




 カザが俺の指示通りに送ったのか、大鷹さんが「お、来た来た」と声を上げた。




「うわ、マジで文字が浮き上がってきやがったぜ」


「だからそう言っただろ? なになに……おお、今日の夜でも話聞いてくれるってよ。じゃあ例の場所に午後九時って送っておくか」


「例の場所ってどこなんだよ?」


「それはここじゃ秘密だ」


「ちっ、ケチくせえな」


「お前はともかく、そちらさんに聞かれるとマズイだろ」




 大鷹さんの視線が小百合さんたちへと向く。確かに同盟を結んだとはいえ、友好的とは言えないし、小百合さん自身が一時的でしか手を組めないとも言っている。




 故にいずれ争う可能性がある以上は、武器商人を紹介できないのも分かるというものだ。


 とはいえ俺的には儲かるから紹介されてもいいんだけどな。




 まあそれで今度は『平和の使徒』と『乙女新生教』がぶつかって二つとも共倒れになったら商売あがったりになるから考え物だろうが。




 せっかくの大口商談相手が減るのだからそれは困る。ここは『平和の使徒』だけを優遇した方が何かと都合が良いかもしれない。




「一つお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ん? 何だよ?」


「崩原さんではなく、大鷹さんです」


「俺か? 別にいいぜ」


「では……その連絡が可能な手鏡を複数手にすることは可能なのでしょうか?」


「安心しな。ちゃんとある程度の数は仕入れておくことにするよ。俺らで連絡を取り合った方が戦争も有利に進めることができるからな」


「そう、ですか。……他にもそのような便利な道具があるのなら買い取りたいのですが?」


「ああ、一応円条に聞いとくぜ。ただアイツは基本的に兵器しか売らねえし、コイツもどんだけの数があるかは分からねえ。だから期待はあんましてくれんなよ」




 俺は別に金さえ払ってくれれば何でもどれだけでも用意するけどな。




「よし、じゃあ武器関連はこれでいいとして、この戦争の勝利条件ってのはやっぱ向こうの全滅ってことでいいのか?」




 崩原の言葉だったが、ここで意見が分かれてしまう。


 小百合さん側は無論相手側の男たちの壊滅。皆殺しである。




 だが大鷹さんたちは、トップの首。つまりは戦争における大将を叩くことを示した。


 戦争ってのは上にいる連中が負けを認めるか、それこそ根絶やしにするまで続けられる。




 どちらがいいのかは、その時の状況次第であろう。


 相手を生かしておく利があるなら全滅させないし、復讐という遺恨が残りそうならば、後腐れなく断ってしまった方が良いだろう。




「しかし大将首を取ったところでヤクザが止まりますか?」


「それは交渉次第だと思うぜ。向こうだって無暗に死にたくはねえだろうしな。トップが倒れりゃ、それで身を引くはずだ」


「その根拠は?」


「根拠って……」




 小百合さんは頑なに大鷹さんの意見を飲もうとはしない。信者たちも小百合さんを全面的に支持している。相手が男の上、こちらに牙を向けてきている者たちなのだから情けなど必要ないと。




「……崩原、お前さんはどう思う?」


「俺は心情的には旦那だな。けど相手はヤクザだし、残党が恨みを晴らすためにちょっかいとかけてくるってことも十分考えられる。それに『宝仙組』は『火口組』の系列組織だ。皆殺しにすりゃ、今度は大元が出張ってくる可能性も高い」


「いや、それはどうだろうな」


「どういうことだ旦那?」


「これはいわば『宝仙組』の戦争だろ? 『乙女新生教』が売って、奴らが買った戦いだ。それに最近の『宝仙組』のやり方は、とてもヤクザとは思えねえ惨めなもんだ。他の組が情けをかけて命まで張る価値なんてねえだろ。だからトップさえ崩せば、あとはどうとでもなる」


「けどヤクザってのはメンツを重要視する職業だろ? 素人集団に舐められたままじゃ、代紋の価値が下がるって言って仕掛けたりしてこねえか?」


「確かにメンツを保つために、傘下の組の尻拭いをすることだってあるだろうな。けどよ、それはあくまでも少し前の時代の話だ」


「少し前?」


「今はもう時代がガラッと変わっちまってる。どの組も今じゃ、他の組に手を回してる余裕なんてねえだろ? 警察や自衛隊みたいなでけえ組織だって人手が足りてねえんだぜ?」


「それは……まあそっか」




 今の世の中は、生きるだけで必死だ。ヤクザが欲する金でさえ、ただの紙と等しい価値にまで下がっている。




 これまでだったら金で解決できたことが、今ではそうはいかなくなってきた。組を生かすためには、世界豹変で揺らいでしまった地盤を固める必要があり、他の組まで助ける余裕なんてないと大鷹さんは言う。




 確かに今の時代は、メンツを保つために戦争なんてするようなヤクザはいないかもしれない。いたとしても、それは周りが見えていない組織であろう。




 こんな時代だ。敵を作ることが間違っているし、小百合さんたちは大いに間違っている。そして堅気に手を出し傷つけている『宝仙組』も間違っている。




 そんなどうしようもない両者が激突しているだけ。本来なら放置するのが一番だ。関わり合いになりたくない。メンツで命を張るような戦じゃないのだ。その価値はない。




 あくまでも大鷹さんたちは、この街の治安や平和を守るために、泣く泣く手を貸すだけ。


 だからそんなバカげた戦に、『火口組』や他の系列組織が手を出すなんて考えられないのである。




「あなた方が何と言おうとも、我々はヤクザを殲滅することを選択します」




 やはり小百合さんは譲らない。


 両者の信念がぶつかり合っているんだ。これはいくら話し合っても平行線のままだろう。


 ならここは妥協案を提示するしかない。




「ではこうしたらどうでしょうか?」




 俺が口を挟むと、全員が俺に意識を向けてくる。






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