第220話 宝仙と赤桐

「あん? 監視役が全員やられただと?」




 事務所にて、部下である赤桐から報告を受けた『宝仙組』の組長代理である若頭の宝仙闘矢は顔をしかめていた。




「一応武装はさせてたんだろ?」


「はい。『乙女新生教』が拠点の周りに数人を配置させ、奴らの動きを監視していたんですが、昨夜全員が姿を消しました」


「殺されたわけじゃなく、全員消えたってことか?」


「恐らく……いや、まず間違いなく『乙女新生教』の奴らの仕業でしょうね」


「ったく、女になんかにやられやがって。やっぱチンピラはただの使い捨てだな。赤桐ぃ、てめえの落ち度だぜ?」


「すみません。この不始末の責任は取らせて頂きますので」


「……まあいい。てめえのせいで親父を追い落とせたってのもある。今回だけは目をつぶってやる。次はねえぞ?」


「いいんですか?」


「二度は言わねえ」




 ギロリと赤桐を睨みつける宝仙。




「……感謝します。それで監視の件についてですが」


「はん。てめえのことだ。どうせチンピラどもには大して情報を与えてなかったんだろ? 別に攫われて拷問されても問題はねえはずだ。いっそのこともう皆殺しに動き出したらどうだ?」


「いえ、それは時期尚早です。まだ奴らを完全に駆逐できるまでの数が集まっていません。前に様子見で小競り合いをさせましたが、その時はこちらが殲滅されてますから」


「ちっ、そういやそうだったな。女どもに負けるなんて情けねえ野郎どもだ」


「その時はこちらの数が圧倒的に少なかったために返り討ちに遭っただけです。だから今度はこちらも数を集めて一気に殺し尽くします。歯向かう意思すらなくすほどの数を集めて」


「今、何人集まってんだ?」


「組員のみならず、その傘下のチンピラも含めると五百ほど。ちなみに相手は百程度です」


「五百か……ちょっと物足りねえな。できりゃその倍は欲しい。それで相手の十倍。クク、確実に絶望するだろうよ」


「今も着実に集まっています。女と食料を餌にすれば楽なもんです」




 普通ならここで金を餌にするのがヤクザのやり方だろうが、今の世の中での価値観がガラリと変わったために、どうしても食料の方が望まれている状況だ。




「ただ少々不穏な動きを奴らが見せているらしいんです」


「不穏な動きだと?」


「はい。何でも先日、『イノチシラズ』というコミュニティと接触を図ったと」


「『イノチシラズ』? 何だそりゃ?」


「覚えてらっしゃいませんか? 流堂刃一のことを」


「流堂……? ……ああ、そういやいたな。確かてめえが推薦してきたガキだろ?」




 流堂はこの界隈で名の通った人物だった。無論それは表舞台ではなく裏社会においてである。




 腕も立ち頭も切れ、さらには人として良い具合に歪んでいるということで、ヤクザたちもまた目を付けていたという。


 そして中には直接スカウトし、流堂を手に入れようとしていた組もいたらしい。




 その一つが、『宝仙組』……というか、この赤桐である。


 流堂を利用すれば、確実に『宝仙組』に莫大な利益をもたらしてくれると判断してのことだった。




「だが奴は俺らの下につくことはなかったな」


「はい。誰かの下につくくらいなら死を選ぶといって、その場で銃をぶっ放すほどのイカれた奴でした。ただ奴の持つコネクションや商才などは利用しがいがありました。親父にも許可をもらい、俺個人として親しくさせてもらっていましたね」


「そいつがどうかしたのか?」


「そんな流堂が一時期『イノチシラズ』と名乗って活動していました」


「ほう……」


「ただ流堂はもうこの街にはいません。調べによると何者かに殺された可能性が高いです。そして現在、『イノチシラズ』の看板背負って活動してる連中がいます」


「残党ってことか?」


「いえ、どうやら元々は流堂は、『イノチシラズ』の名を騙っていたようで、現在活動している『イノチシラズ』こそ本物だって話です」


「騙って? ……もしかして流堂は、その本物に殺されちまったってことか?」


「恐らくは。それで現在『イノチシラズ』の頭を張ってるのが崩原才斗って男らしいですが、この男もまた堅気じゃなさそうで。刑務所歴もあります」


「聞いたことねえ名前だがな」


「組織としての規模は小さいですが、この崩原は単独でモンスターどもを蹴散らす力を持ってるらしいです。それに『イノチシラズ』自体、中々の武力を有してる組織のようで」




 崩原の情報に、笑っていられない状況だと判断したのか、スッと目を細め渋い表情を見せる宝仙。




「『乙女新生教』と『イノチシラズ』が接触した。まさかてめえは二つが手を組んだって言いてえのか?」


「男の排斥を謳うコミュニティである『乙女新生教』としてあるまじき行為ですが、その可能性も否定できません」


「けどいくら頭が強いっつっても限度はあんだろ。数だってそう多くねえんじゃねえのか?」


「十数人規模ってところですね」


「なら問題ねえだろうが。こっちは今でも五百人だぜ? それにこれからまだ増える」


「しかし崩原という男は、警察でさえ手をこまねいてるモンスターを単独撃破できるほどの実力者です。こちらも何かしら対策をした方が良いかと」


「赤桐てめえ、まさか怯えてんじゃねえだろうな?」


「いえ、ただどんな相手も油断できな――っ!?」




 その時、赤桐の顔が跳ね上がった。宝仙が彼の顎を蹴り上げたのだ。




「ぶふっ……わ、若……っ」


「おいコラァ、赤桐ぃ……! こっちは『火口組』の代紋掲げてる日本一の『宝仙組』だぜ? 何を不安そうにしてやがる。臆病風に吹かれちまったかぁ、おお?」


「す、すいません!」




 赤桐は口から血を流しながらも、ひたすら土下座をして頭を下げることしかできない。


 対して宝仙は、不機嫌そうにその頭を踏みつける。




「『乙女新生教』も『イノチシラズ』も、何の代紋も背負ってねぇただの有象無象の集団だろうが。何をビビる必要があんだ? 崩原がどんだけ強かろうが、頭に風穴開けてやらぁ死ぬ人間なんじゃねえのか?」


「その通りです」


「だったら何も問題ねえじゃねえか。周り囲って一斉に銃弾をくれてやりゃ終わりじゃねえかよ。何ならこの俺が直接その額にぶち込んでやるよぉ」


「……若の言う通りです。失言でした」


「おう、気ぃつけろや。それで話はそれだけか?」


「今のところは。それと今後の監視はどうしましょうか?」


「お前に任せる。何度も同じ轍は踏むんじゃねえぞ。俺はこれから叔父貴んとこに行ってくる。組長を継ぐに当たっての立ち合い人になってもらうつもりだからよぉ」


「分かりました。お気をつけて」




 事務所から一人出て行く宝仙。




 そして綺麗に腰を折りつつ頭を下げていた赤桐は、ゆっくりと顔を上げて大きく溜息を吐く。


 紙で口元を拭い血を取ると、煙草に火をつけて美味そうに煙を出す。




 事務所の窓から下を見ると、今まさに車に乗り込む宝仙の姿が映し出される。


 そんな宝仙に、冷たい視線を突きつけている赤桐は、心底呆れたように口を開く。




「やれやれ、暴力だけしか能の無い頭の相手は本当に疲れる。だが今に見てるがいいさ。組を背負って立つ者が一体誰なのか、すぐに理解することになる。クク、お前の命の灯も、もうすぐ消えるぞ……宝仙闘矢?」




 事務所から過ぎ去っていく車を目で追いながら、赤桐は不敵な笑みを浮かべていた。






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