第219話 ただのシスコンだった

「ですからこれ以上変化はいらないのです。これ以上、小百合姉さんが変わってしまえば、この教団は瓦解してしまいます」




 教団のルールをあっさりと変えたり、男を招き入れたり、どうも男の排斥を謳うトップにあるまじきの行為だと思っていたが、それも当然だったようだ。




 何せ小百合さんは、あくまでも誰かの意見を叶えてきたに過ぎないのだから。自らの心の底から生まれた決意でなければ、人はそうそう信念を貫くことはできない。




「あなた様には申し訳ありませんが、即刻ここから出て行ってもらいたいのです」


「なら殺した方が楽じゃないですか?」


「……男は軽蔑の対象ですし、小百合姉さんに近づく男なんて死ねば良いと思っていますが……」


それ十分に殺意が芽生えて良い感情では?


「ですが進んで殺そうとも思いません。あくまでも小百合姉さんに害を為さなければ」




 どうやら蒼山にとって、すべては小百合さんが基点らしい。それもそうか。蒼山が男嫌いなのは、そもそも小百合さんの経験を聞いたからだ。蒼山が直接男に酷いことをされたわけじゃない。




「じゃあ抗争の件はどうするんです? 『イノチシラズ』たちと一時的同盟を結ぶつもりはないと?」


「…………いいえ。今回の件ばかりは、我々だけではさすがに乗り切ることはできないでしょう。もっとも、どうしようもないと分かれば、私は小百合姉さんだけでも逃がすつもりではありますが」


「それきっと小百合さんに恨まれますよ?」


「たとえ恨まれようが、嫌われようが、私の願いは小百合姉さんが生きることですから」


「……本当に小百合さんのことが好きなんですね」


「家族を守りたいというのは変なことですか?」


「いいや、その気持ちは良く分かりますよ」


「それにもう私には小百合姉さんしかいませんから」


「ご両親は?」




 フルフルと力なく左右に頭を振った。




「あなた様はどうなのですか?」


「俺にも両親はいませんよ。ついでにいえば人間の友人なども、ね」


「寂しい人ですね。ぼっちですか? 人生、何が楽しいんですか?」


「おっと、これは辛辣な言葉ですね」




 男だったら鼻をグーで殴ってるところだ。




「旅をしているといろいろな人に会えるから楽しいですよ。こうして奇妙な教団のお世話にもなったりしますしね」


「旅……ですか。それも……いいですね」


「本当に良いですよ。人との出会いもそうですが、初めて見る景色や食べ物、動物や植物にも触れて、心を豊かにしてくれると思います」




 少なくとも親父に連れられて行った旅ではそうだった。それまで狭かった視界がグンと広がる経験になる。




「あなたの気持ちは分かりました。ですが残念ながらまだここを去るわけには行きません」


「理由を聞いても?」


「もちろん。とはいっても理由は明白で、さっき言った抗争の件があるからですよ。俺の提案で、三つの勢力が同盟を結びヤクザと抗争をすることになるかもしれない。それなのに俺だけがここから逃げるのは、さすがに無責任じゃないですか」


「それは……」


「安心してください。抗争が終結すれば、俺はここを去るつもりですから。小百合さんがいくら引き留めようともね」


「……!」


「俺は根無し草の旅人です。一カ所に留まることはしない」




 それに俺には帰るところがあるから。




「…………分かりました。実のところ、抗争中にあなた様がいてくれた方が、こちらとしても助かる面はありますから」


「あーけど傷の手当てなどにはちゃんと対価を要求しますよ?」


「そこは人情を働かせてくれた方が嬉しかったのですが」


「男の人情がお好みですか?」


「クソ食らえですね」




 その時、不意に蒼山がフッと頬を緩めた。俺を無価値のゴミでも見るような目だったが、彼女の表情は魅力的な笑みに変わっていたのである。




 しかし俺がずっと顔を見続けていることに気づいたのか、




「……何ですか? 視姦ですか? 眼球くり貫きますよ?」




 怖ぇ……コイツ、マジでやりそうだし。




 するとクルリと踵を返した蒼山が、ドアノブに手を掛ける。




「……小百合姉さんが信頼する理由が何となく理解できました」


「それは光栄ですね」


「調子に乗らないでくださいね。私は今後も男を信頼することはありませんので。では……夜分遅くすみませんでした」




 そう言うと、彼女はそのまま部屋から出て行った。


 俺はふぅ~っと大きく溜息を吐き出す。




〝ずいぶんと状況が拗れてきているようですな?〟


〝だな。まさか俺を教祖にしようとする連中が出てくるなんてな〟


〝それがしは見所のある連中かと思いますが〟




 ダメだ。こういう話に関しては『使い魔』に言っても、ただ賛同してしまうだけである。


 何せコイツらは俺に心酔しているのだから。




〝大将、少し良いでござるかな?〟




 そこへ、今も外で周囲を監視しているカザから連絡が入った。俺が彼に「どうした?」と尋ねると、




〝少し離れてはいるでござるが、この敷地を監視している輩が数名。対処しておくでござるか?〟




 恐らく『宝仙組』か、組の息がかかった連中だろう。


 こちらを監視しているということは、近いうちにここへ攻めてくる可能性が非常に高い。




 教会があるこの敷地内は、高い外壁に守られていて、籠城するにはもってこいの場所でもある。


 下手に外に出て対抗するよりは、数が少ないこちら側は籠城の方が有利に働くかもしれない。




 ただ向こうだって、今はまだ数を集めている最中だろう。一度小競り合いをして負けているらしいから、今度は確実に勝つためにも相当な数を用意してくるはずだ。




 しかし情報はできるだけあった方が良い。




〝よし、カザ。監視者に近づいて、情報を集めておいてくれ。必要であれば尋問も許す。多少手荒でも問題ない〟


〝了解でござる。では吉報をお待ちを〟




 カザなら監視者など赤子の手を捻るようなものだろう。たとえ相手が武装していたとしても。普通の人間がAランクのモンスターに勝てるわけがない。




 それこそ核や戦艦などが必要になってくる。まあヤクザが戦艦なんて用意できようはずもないし、核なんて自殺行為もできない。


 奴らに不運があるとしたら、敵側に俺という存在がいたことだろう。




 お前らを利用して大いに儲けさせてもらうぜ。




 俺は哀れなヤクザを笑いながら、ベッドに横たわり瞼を閉じた。










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