第218話 二人の繋がり

「もっとも三つ目の派閥は、人数も少ないですし、男性に対し苦手意識は持っているものの、そう強い恨みを有していない者たちばかりですが」


「つまりそういう人たちの離反が怖いから俺に出て行けと?」


「それもあります。ただ一番私が恐れているのは、教祖様の心変わりなのです」


「小百合さんの?」


「……先程、懐柔派が教祖様の御意思と申し上げましたが、それは体面的なことであり、教祖様の本心はどちらかというと革新派に近いものと考えております」


「それはさすがにないと思いますよ? そもそもこの教団を立ち上げたのは小百合さんですし、彼女もまた男を嫌ってる」


「しかしあなた様は別にございます」


「! …………」


「今、教祖様の御心は揺らいでおります。あなたが起こした奇跡で救われ、教祖様は自身よりもあなたの方が教祖の座に相応しいと考えておられる素振りをみせております」


「あなたの勘違いじゃありませんか?」


「私はずっとあの方を見てきました。毎日お傍にいて、お世話をさせて頂き、あの方の想いや考えを、口に出されなくとも感じることができるようになったのです」


「そんな……たった数ヶ月程度で他人のことを理解するなんてできませんよ」


「数ヶ月ではありません」


「え?」


「確かに教団をあの方が立ち上げた時に再会したのは事実です」


「……再会?」




 その言葉は、以前当人と会っていることを示していた。




「私と教祖様……小百合姉さんは従姉妹同士なので」




 これまた新事実が発覚した。まさか蒼山と小百合さんが、そんな関係にあったとは……。




「歳も少し離れていたことから、よく小さい頃はお世話になっておりました。小百合姉さんが結婚してからは、住む地域も離れてしまって、あまり一緒にいられる機会はありませんでしたが、それでも長期の休みがあった時などは会いに行っていました。私は実の姉のように慕い、小百合姉さんも、私を本当の妹のように可愛がってくれていました」




 蒼山は一人っ子だったということで、いつも可愛がってくれる小百合姉さんのことを、本当に大好きで大切に思っていたらしい。




「ですが世界が豹変し、私も私の家族も、自分たちの生活に追われて、なかなか私は小百合さんに会いに行けなくなりました。ですが何とか時間を見つけて、ようやく姉さんに会いに田中家へ行ったのです。……そこで私は地獄を見ました」


「……まさか」


「そこにあったのは、義兄さん……小百合姉さんの夫と、二人の間にできた子供たちの変わり果てた姿だけでした」




 そうか。この人もあの凄惨な現場を見たわけだ。




「ただ小百合姉さんの亡骸はなかった。私はすぐに周囲を駆け回って探し始めました。しかしなかなか見つからなかった。絶望に苛まれた私でしたが、ある日、朗報が飛び込んできたのです。それは小百合姉さんらしき人が、あるコミュニティに保護されていると」




 それは恐らく『平和の使徒』のことだろう。一時期、救われたあのコミュニティに世話になってたと聞いている。




「すぐに会いに行き、そして……再会することができました。小百合姉さんも、私が無事に生きていることをとても喜んでくれました。ただ……そこで知ったのです。小百合姉さんに何が起きて、誰が彼女をこんなにも傷つけたのかを」




 昔から小百合さんのことを知っているなら、彼女がどれほどまでに変わってしまったのか、一瞬で気づいただろう。




「私は憎みました、恨みました、殺意を覚えました。小百合姉さんの人生を無茶苦茶にした男たちを」




 ……なるほど。この人が俺を……いや、男を敵視しているのは、自分が被害者ではなく、大切な人が穢されてしまったからか。




 つまり立場的には沙庭と同じだろうが、この人の怒りは沙庭の比ではないということだ。




「私は考えました。これ以上小百合姉さんを傷つけなくて良い方法を。そして……」


「まさかこの教団は……?」


「そうです。私が作るように進言したのです。小百合姉さんを傷つけるような男なんてすべて排除し、姉さんを崇め、敬い、慈しむ者たちで構成された組織を作る。そんな平和な楽園を」




 てっきり小百合姉さん自身が考え、そして立ち上げた組織だと思っていたが、そうさせた人物がこの人だったとは驚きだった。




「あの人がトップでないと意味がないのです。あの人のため……あの人が平和に過ごすための場所でないと」


「……だったらヤクザとの抗争などしなかったら良かった。平和に暮らしたいなら、敵を作るべきじゃない」


「…………そのようなこと、あなたに言われずとも理解しています。この教団だって、当初は今のような過激さはなかったのですから」


「? ……どういうことですか?」


「確かに男を排除するという理念での立ち上げでしたが、それはあくまで我らに近づく下賤な輩のみをターゲットにしていただけです」




 彼女曰く、今のように自ら外へ赴いて男を探して始末するというような行動はしていなかったらしい。




「しかし教団の数が次第に増えていき、在り方も徐々に変化してきました。小百合姉さんは優しい人です。信者はすべて家族。家族の想いにはできるだけ応えてしまう」




 信者の一人が言ったそうだ。この場所だけじゃなく、この街、そしていずれは世界すべてを女の楽園にしたいと。




 普通ならそんなバカげた理想なんて誰も賛同しない。だがここには男に酷い裏切りをされた者たちばかり。次々と賛同する者たちが出てきたのだ。




 そうして徐々に過激さが増していき、今のような男にとっては凶悪とも呼べる組織へと変貌してしまった。




「なるほど。元々は小百合さんの信念でも何でもなかったってわけだ」




 この教団を生むことを望んだわけでも、男をすべて排除することを望んだわけでもない。


 ただただ彼女は、求められたから全力で応えようとしてきただけ。




 そうか……じゃあやっぱり小百合さんは……。








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