第217話 真夜中の訪問

「……いや、ほら、あれだよ。カテーテルを口内から胃に入れて、直接流し込んだって感じかな」


「あーなるほどねぇ」


「ん? でもあの時、カテーテルなんてなかったと思うけど……」




 おいこら、そこは思い出さなくていいから。




「さ、沙庭さんは意識がまだ混濁してたからハッキリと覚えてないだけだよ」




 冷静に努めて説明しながらも、俺の背中にはビッショリと冷たい汗に塗れていた。




 ほら、釈迦原が明らかに怪しい目つきで俺を睨んできているじゃないか。




 まああれだけ公衆の面前での行為だ。そのうち彼女たちの耳にも入ると思うが……というより、もっと早くに誰かが伝えていて、沙庭に拒絶されている状態を想像していたのだ。




 まさかそんな彼女が俺の世話係になるなんて思いもしなかった。もし口移しのことがバレたら、間違いなく距離を置かれるし、下手をすれば命を狙われるかもしれない。……釈迦原に。




 こりゃバレる前にこっから去った方が良いかもなぁ。




「うがい? 歯磨き? 心配してたって……! ア、アアアアアアンタまさか!?」




 うげっ、勘づかれた!?




「ど、どうしたのケイちゃん?」


「え? あ、ううん! べ、別に何でもないから!」




 両手をブンブンと振って誤魔化そうとする釈迦原。いいぞ、真実は時に人を傷つけるんだ。そのまま誤魔化せ。




「そう? でもいきなり慌ててたけど……」


「本当に何でもないわ! ちょっとアイツが臭かったからビックリしただけよ!」




 おいこら、それは誤魔化しとしても傷つくぞ。




「そう、かな? 鳥本様はどちからというと良いニオイ……じゃなかった! く、臭くなんてないよ!」


「凛羽……今、良いニオイって……」


「何にも言ってない! ケイちゃんの気のせいだからぁ!」


「…………くっ」




 何故か釈迦原に凄まじい威圧感が込められた視線をぶつけられる。




 これは……あれだな、もう俺がどうやって沙庭に薬を飲ませたのか分かってる顔だな。多分あとであの場にいた連中に確かめに行くだろう。




 ……やっぱ逃げた方が良いかな?




 俺は釈迦原の暗殺率が高くなったと心の底から思ったのであった。














 ――深夜、二時。




 皆が寝静まった頃、扉の向こう側に何者かの気配がした。




〝……殿〟


〝ああ、お出ましだな〟




 ベッドに横になっていた俺は、スッと起き上がり出迎える準備をする。


 するとトントンと扉をノックする音が聞こえた。




 俺が「どうぞ」と許可を出すと、扉がゆっくりと開いていく。害意は感じないので、こちらに向かっていきなり襲い掛かって来る様子はなさそうだ。それでも一応は警戒しておくが。


 扉の向こうから、約束していた通り蒼山奏が姿を見せる。




 彼女を招き入れ、ソファに座るように促すが、彼女は座ることを拒否し、立ったままの対話を行うこととなった。


 向こうも俺を警戒しているということなのかもしれない。




「さっそくお話とやらを聞かせてもらえませんか?」




 どんな理由で、こんな状況を望んだのか、ハッキリ言って興味はあった。


 すると能面のような表情を浮かべる蒼山が、静かにその唇を震わせる。




「…………今日はあなた様に頼みごとがあって参りました」


「頼みごと……ですか。それは他人に知られるわけにはいかない重要な案件ってことですね」




 コクリと彼女が首肯する。彼女が慕っているであろう小百合さんにすら言えない秘密の頼みごと。それは一体……。


直後、驚くことに蒼山がいきなり頭を下げてきたのだ。




「お願いします。どうかココから立ち去っては頂けませんでしょうか?」


「! ……それは男である俺が、少しでも近くにいる環境に耐えられないと?」


「いいえ」




 あれ? 違う?




「……だったら何故です?」


「あなたの存在が、この教団を破滅に導く可能性があるからです」


「破滅? ……どういうことか聞いても?」


「現在、あなたという存在に対し、教団内では三つのグループが構成されています。一つ目は懐柔派。あなたを教団に取り込み、『乙女新生教』の一員として迎え入れる動きです。ご存じかと思いますが、こちらは教祖様の御意思でもあります」




 それは分かっている。何せ俺が来てから、教団のルールが変わったくらいだ。小百合さんは、俺が利益ある存在として手にしようとしている。




「二つ目は排斥派。その名の通り、あなたをここから追い出すか殺す算段を企んでいる者たちです」




 まあ、そういう連中も中にはいるであろうことは分かっている。だからこそ世話係兼護衛役として、小百合さんが釈迦原たちを俺につけたのだろうから。




「そして三つ目……あなたを『神の御使い』と信じ、新たな教祖として崇めようという動きをする革新派」


「……はい? 前の二つはともかく、最後の……俺を新しい教祖、ですか?」


「あなたは信者たちの前で、次々と奇跡を見せつけました。致命傷だった者を救い、教祖様からも全幅の信頼を置かれ、このままではヤクザとの戦争で滅ぶしか道がなかった我々に希望を見出させた立役者。その行いに胸を打たれた者たちもいるのです」




 うわぁ、マジで? そんな信者たちがいるの? 全然知らなかったわ。




 ていうかどれも金儲けの延長線上にある行動だから、それで慕われても複雑ではある。






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