第216話 製法

「ねえ、アンタは戦争が始まったらどうするのよ?」


「ん? 戦争……ああ、《宝仙組》との全面衝突のことかい? そうだなぁ……金儲け、かな」


「は? ……アンタまさか怪我人を治す度に対価ってやつを要求するつもり?」


「当然さ。俺がここにいる理由は商売のためだしね。それとも俺が善意だけで、男を嫌ってる人たちを治すとでも思うかい? 下手をすれば俺だって殺されるのに」


「それは…………まあそうね」




 おやおや、意外にも納得してくれたようだ。


 てっきり男は女のためだけに働けばいいなどと言うと思ったが。




「それに薬だってタダで作れるわけじゃないしね。とりわけ沙庭さんを治したような薬は、それこそ金に換算すればかなりの額がかかってるからね」


「っ…………あ、あの、どれくらい……ですか?」




 不安というか、恐る恐るといった感じで沙庭が尋ねてくる。




「それはちょっとアタシも興味あるかも。どの程度かかるの?」


「……聞かない方がいいと思うんだけどなぁ」


「いいから教えなさいよ! 教えるくらいはタダでしょ!」


「はぁ………………5000万円だよ」


「「ごっ、ごごっ……5000万っ!?」」




 二人して仲良く目を丸くしてハモった。もう双子の姉妹って言われても疑わない。




 まあ、噓だけどな。本当は1500万だし。




 それでも大金には違いないが、釈迦原はあんぐりと口を開けたまま固まっていて、沙庭はパクパクと魚みたいに口を動かしている。




「ど、どどどどどうしよぉ、私そんな大金……返せないよぉぉぉ」


「お、おおお落ち着きなさい! ちょっとそれ本当なんでしょうね!」


「欠損した腕と足を一瞬にして再生させる薬なんてこの世に普通にあると思うかい?」


「うっ……」


「俺の薬はその気になればどんな致命傷でも蘇生させることができる。死なない限りはね。そんな万能薬が5000万円は高いかな?」




 どう考えても安い。安過ぎるだろう。異世界ではそんなに価値は高くないのかもしれないが、少なくとも地球では奇跡に等しい存在だ。一億や十億でも欲しいと手を伸ばす人は後を絶たないだろう。




「で、でもおかしくない? そんなに凄いものならもっと高いんじゃ……」


「高いのは薬の素材でね。素材が集まれば製薬自体はそう難しくないのさ」


「ど、どうやって作ってるのよ?」


「さすがにそれは秘密さ。君ならその秘密にどれだけの対価を差し出せる?」




 どんな怪我でも病でも一瞬にして治癒できる薬だ。その製薬法さえ手に入れれば巨万の富を築けるだろう。




「……ひゃ、百億くらい?」


「持ってるのかい?」


「持ってるわけないでしょ!」


「じゃあ残念。まあ百億積まれようが、製薬法だけはどこにも売るつもりはないけどね」




 何せ幾ら積まれようが、他人には到底作れないのだから。


 元々エリクシルというのは、異世界に存在する世界樹から採れる樹液でできている。




 ただし自然に滲み出てきた樹液を採取し、それを五百年以上寝かせて初めて完成するらしい。




 しかも樹液は大量に必要だし、寝かせたからといっても必ず完成するわけでもない。寝かせる環境には、温度と湿度も関わってきて、適した状況でないと失敗に終わる。




 そうして寝かせることで、自然に結晶化するのだ。この結晶体を高温で溶かしたものこそ《エリクシル》と呼ばれる。




 また結晶化の際に、結晶に成り切れなかった余剰液体が《エリクシル・ミニ》となるのだ。


 この手間を考えると、異世界でも非常に価値が高いはずだと思うのだが。




「わ、わわわ私、そんなに凄いものを飲ませてもらったんだぁ……」




 あはは……と遠い目をしながら笑っている沙庭。




「ちょっと凛羽、しっかりしなさい! それに教祖様も言ってたでしょ! 気にしなくてもいいって!」


「で、でも5000万だよ! さすがに申し訳ないよぉ!」




 まあ小百合さんに立て替えてもらったわけだから、良い人代表みたいな沙庭にとったら黙ってはいられないだろう。




「だから値段なんて聞かない方が良いって言っただろ?」


「うぅ……すみません」


「こんな奴に謝らなくていいのよ! ……まあ、コイツのお蔭で凛羽が助かったことに関しては感謝してるけど。……あれ? でもどうやって薬を飲ませたわけ?」




 ……おっと?




「だってあの時の凛羽って、水すら飲めない状況だったわよね? 何とか点滴で水分補給させるのが精一杯だったし」




 これはちょっとマズイ流れなのでは……?




「でも蒼山さんから聞いたよ。鳥本様の薬を飲んで復活できたって」


「飲んでって……だからそんな状態じゃなかったわよ。アタシだって何度も、アンタに水を飲ませようとしたけど、いつも吐いてたし」


「ちょ、もう……鳥本様の前で吐いてたとか言わないでぇ!」




 うん、この話の流れはマジでマズイ。




「凛羽、あの時のこと覚えてないの?」


「う~ん、治ってからは何となく覚えてるけど……。あ、でもあのあと他の人たちに、すぐにうがい薬を渡されて、うがいはしておいた方が良いって言われたよ? あと、歯磨きも。何だかみんな心配そうというか、優しそうな目で私を見てたかも……」




 ………………。




「何それ変なの。そんなに後味が悪い薬だったのかしらね。ねえ鳥本、どうやってこの子に薬を飲ませたの?」




 ほらね、やっぱ聞いてくるよねー。




 二人して興味深そうに俺を見てくる。とても口移ししましたと言える状況じゃない。


 そんなことが発覚すれば、少なくとも釈迦原に発砲されるかもしれない。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る