第215話 二人の幹部

「……その代わりといったら何だけど、少し聞きたいことがあるんだけど」


「……何よ? ア、アタシの性感帯とか言ったら風穴開けるから」




 どうやら信頼度がだだ下がったみたいで、俺を白い目で睨みつけてきている。




「あーそれも良い情報だけれど、残念ながら違うよ」


「なら何よ?」


「……蒼山さんのことは知ってるよね?」


「当然でしょ? 教祖様直属の幹部なんだから。その蒼山さんがどうしたのよ?」


「どんな人なのかなって」


「どんな人って……! ま、まさかアンタ、ああいうのがタイプなの?」


「え……そ、それは本当なんですか鳥本様!?」




 釈迦原はともかく、何で沙庭がショックを受けているのか。もしかして蒼山のことを慕っているのかもしれない。




「前に声をかけてくれてね。ここの信者では珍しくて」


「当たり前よ。誰が悲しくて自分から男に声をかけるのよ。アタシや凛羽が特別なだけだから」




 ほとんどが男を憎んでいるし、また怖がってもいる。だから遠巻きに感情をぶつけるだけで、接触しようとはしてこない。それに小百合さんの命令で傷つけることもできないから、わざわざ近づく理由がないのだろう。




「うん、だから気になってね。どんな人かって」


「まさか弱みを握って襲おうとしてるんじゃ……」


「ケイちゃん、鳥本様はそんな人じゃないよ! ……ですよね、鳥本様?」


「そこは信じてほしいな。そもそも襲った時点で、俺は信者たちに袋叩きにあって殺されるだけだし。さすがにまだ自殺願望を持つほど絶望してないかな」




 ホッと息を吐く沙庭に、まだ疑っている様子の釈迦原。




「……まあいいわ。蒼山さんは……そうね、一言でいえば……よく分からないわね」


「はい?」


「だってあの人、あまり自分のことを話さないし」


「そうなのかい? けれど幹部ってことは、皆に認められてその地位にいるんじゃないの?」


「みんなって言うよりは教祖様がお選びになったのよ。まあ古参のメンバーってわけじゃないみたいだけど」




 いやいや古参って、そもそも結成してそう月日は経ってないだろうに。




「で、でも優しい方……ですよ?」




 そこへ沙庭が割って入ってきた。




「優しい?」


「はい。その……確かにあまり笑ったりしたところを見たことはありませんけど、信者たちが困ってたら、真っ先に事情を聞いてくれますし。私も前に花瓶を割っちゃったことがあったんですけど、何も言わずに片づけるのを手伝ってくれました」


「へぇ、そんなことあったのね」


「うん。それにね、お花が好きみたいで、よく手入れをしているところを見かけるよ? えへへ、私もたまにだけど手伝ったりしてるんだ」




 なるほどね。人は見かけに寄らないとはいうが、まさにその言葉を体現している人物だ。




 冷たい印象しか受けなかったが、それは俺が男だからなのだろう。しかし沙庭から聞くことは、どれも良い話ばかりである。




「やっぱり男が嫌いなのかい? 釈迦原さんみたいに」


「えっと……はい。前に少し話してくださいました。その……男の人に酷く裏切られたことがあるみたいで」




 本当にここはそういう人材しか集まっていないようだ。無論沙庭のような例外もいるようだが。




「アタシはどちらかというと、もう一人の加賀屋さんとはよく喋ったりするけどね」




 加賀屋誠子。それがもう片方の青頭巾の名前だ。厳格な印象で、いつも小百合さんの傍にいて守る騎士のような感じである。




 聞けば《狩猟派》の責任者が加賀屋で、《探索派》の責任者が蒼山らしい。


 そして総責任者で教祖が小百合さん。その人たちの下に百人規模の信者たちがいるという。




「わ、私はちょっと苦手かな……加賀屋さん」


「そうなの? まあ確かに自分にも他人にも厳しい人だしね」


「前にその……仕事で失敗した人に凄く怒ってるところを見たことあるし」


「それは当然じゃないの? まあ失敗の度合いにも寄るけど、そこまで怒るってことは相当なことをしたってことだと思うわよ」




 普通ならそうだろう。しかし沙庭はどこか納得してい無さそうな顔で「そう、かな」と声を漏らした。




「とりあえず蒼山って人のことを教えてくれて感謝するよ」


「別にいいわよ。ていうか本当にこんなことで恩返しになるの?」


「十分。情報は貴重だからね」 




 蒼山の情報は少なからず手に入った。男に裏切られ恨んでいるはずの彼女が、わざわざ夜中に話があるとはどういうことなのか。




〝殿、もしかすると暗殺ではありますか?〟




 シキが自分の案を口に出してきた。




〝ならわざわざターゲットを警戒させるような行為はしないだろ〟




 俺だったら意識させないように接触は避ける。夜に行くなんていちいち伝える必要はないからだ。




〝確かに。……カザ殿はどう思うか?〟


〝拙者でござるか? う~む、聞く限りでは何とも言えんでござるなぁ。嫌いな男と夜に会うなど、相当の覚悟が必要であろうし〟




 その通りだ。例えば俺が王坂に会うようなものだろう。




 しかも俺が王坂を誘う側だ。普通に考えて接触するだけでも嫌だ。声すら聴きたくない。そんな相手と、どんな理由があれば自ら会おうとするか。




 …………考えても分からんな。






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