第214話 謝礼の訪問
しばらく自室で寛いでいると、扉からノックする音が聞こえた。
入室の許可を出すと、釈迦原と沙庭が入ってきたのである。二人とも目元が赤い。あれからそうとう泣いていたことが容易に想像することができた。
俺が「何か用かな?」と尋ねると、気恥ずかしそうな様子を見せる釈迦原が、驚くことに頭を下げてきたのである。
「ごめん! それと……ありがと」
「……いきなりどうしたんだい?」
「……アンタのお蔭で、正直に凛羽と話すことができた……から。……関係を壊さずにいられた」
「別に君らなら俺が何も言わなくとも収まるところに収まっていたと思うけどね」
現に沙庭は、話し合おうと自ら釈迦原のもとに戻ってきたのだから。俺のしたことはただのお節介極まりない行為だ。
「それでも……アタシは……感謝してる」
「……じゃあ何で謝罪を?」
「…………いろいろアンタにキツイこと言っちゃったし」
「それは顔を合わせる度にだろ? もう慣れたし」
「そ、それは……うぅぅぅ」
いや、そんな唸られても……。
「ケイちゃんは、鳥本様に本当に感謝してるんです。ですからこれまで冷たく接してきたことに対し申し訳なく思ってるみたいで」
「ちょ、凛羽! アタシは別にそこまで――」
「ケイちゃん?」
「うっ…………ああもう分かったわよ! 鳥本!」
「はいはい、何かな?」
「アンタが……その……他の男と違うのは……分かったわ。さすがは教祖様に認められただけはある……と思う」
「ケイちゃん、言い方」
「うぐ……っ、アンタが女を見れば性欲を働かせるだけのクズじゃなってことだけは分かったわよ!」
「もう、ケイちゃん!」
「だ、だってぇぇぇ……!」
まあ言いたいことは何となく分かる。つまりは釈迦原の奴、少なくとも俺を認めてくれたってことなのだろう。
「……あはは」
「ちょ、何笑ってるのよ! 張っ倒すわよ!」
「ケイちゃんっ、怒るよ!」
「いやいや、いいよいいよ沙庭さん」
「で、ですが鳥本様……」
「釈迦原さんだって急に態度なんて変えられないだろうしね。ただ俺のことを少しは認めてくれたって解釈でいいのかな?」
「……ちょっとだけだから。ほんのちょ~っとだけなんだからね!」
これぞツンデレってやつか。まさかあの氷河期みたいな釈迦原からデレられる日が来るとは思ってもみなかった。
「けれどま、仲直りできたようで何よりだよ。いつまでも俺の世話係の雰囲気が悪いのは、俺としても気分は良くないからね」
「「……ごめんなさい」」
二人して申し訳なさそうに謝ってくる。
「けれど釈迦原さんにはああ言ったが、沙庭さんは本当にいいんだね? 戦争はきっと君が思っている以上にキツイと思うよ?」
「……怖いです。でもその怖さは自分の命が亡くなるっていう怖さじゃなくて、たった一人で戦うケイちゃんを思っての怖さです。わたしはどんなことだって、ケイちゃんと一緒なら怖くありません」
「凛羽……」
嬉しそうに頬を緩める釈迦原。
もう恋しちゃってんじゃねえのこれ?
そう思ってしまうほど、釈迦原の目がキラキラと輝いている。
これが百合ってやつかぁ。まあ……ホモよりかはキモくはない、かな?
もしこれが男同士なら、思わず目を逸らすが。むしろ吐き気すら覚えると思う。
すると釈迦原が、俺に恩返しがしたいと告げてきた。
「いや、別にいいよ。大したことしたわけじゃないし」
「アタシと凛羽の仲直りは大したことよ! それとも違うって言うの!」
ああコイツ……やっぱめんどくせえ。
「とはいってもね。案外待遇は良いし、別にお願いするようなこともないんだよ」
それに金をくれって言っても、そんなに持ってそうもないし、さすがにこの場で言えるような状況でもないことは理解している。
「それじゃアタシの気が済まないのよ! 男に借りがあるままなんて嫌なの!」
「あれ? 認めてくれたのに?」
「それでもよ! だから何か願いなさい!」
「エッチなことでも?」
「エッ……%G*$&S@!?」
俺の発言に対し、言葉にならない声を上げる釈迦原。
「冗談だけど?」
「~~~~~っ! ア、アンタねぇぇぇっ!」
「あはは、ごめんごめん。やっぱり君はからかうと面白いね」
「くぅっ! 凛羽! やっぱコイツに一発ぶち込んでいい!」
「ダ、ダメだよぉ! 鳥本様も、ケイちゃんってば恥ずかしがり屋さんなんで自重してくださいぃ~!」
何て言うか、こう強がっている奴を見ると突いてみたくなるのは性だ。だっていちいち反応が楽しいから。
「悪かったよ。でも本当に叶えてほしいことはないんだ」
だがふと、少し前に話しかけてきた青頭巾――蒼山奏のことを思い出した。
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