第213話 元の鞘に収まる

「……人は孤独を嫌う」


「え?」


「孤独は人を壊す。だから人は孤独を受け入れられない。これはもう本能なんだ」


「アンタ……何言って……?」


「君にとって、心地好い居場所は沙庭さんの隣なのだろう?」


「そ、それは…………そうよ」


「だったらそれを手放す必要はないと思うけどね」


「でも! でもあの子はアタシのせいで傷ついて……いつもいつも……アタシのせいで……っ! それにもうすぐ戦争が始まるわ! 大規模な戦争が! そうなったらきっとあの子は、怖くても……嫌でも……アタシのために戦っちゃう」


「それもまた沙庭さんが自分自身で選んだ道だ」


「違う! 選ばざるを得ないだけ! アタシがここにいるから! そんなの間違ってる!」


「友達を助けたい。たとえどれだけ傷つこうが、痛みを感じようが、それでも傍にいたい。そう思うのは間違いなのかい?」




 俺の質問に釈迦原は下唇を噛んで反論をしない。反論できないのかもしれない。




「間違いなんかじゃないと思うよ。大切な人を想い、ずっと傍にいたい。たとえそれで残酷な運命がその先に待っていたとしても」


「でも……でもぉ……っ」


「確かに君の想いだって正しい。間違ってないよ」


「……え?」


「だってそうだろ。君だって大切だから……大切な存在だからこそ生きて欲しい。そう願うのは決して間違いじゃない」


「………………アンタにも、そういう存在が……いるの?」


「……ああ、いるよ」




 ただまあ俺の場合は、全員が人間の俺なんかより強いけど。アイテム無しで戦って勝てる奴らなんていない。七歳児のイオルにさえ簡単に負けるだろうし。




「……でもアタシは、やっぱりあの子には戦場に立ってほしくない。無暗に人なんて殺してほしくない。アンタはどうなの? その大切な人がもし一緒に戦いたいって言ったら」


「戦うよ、一緒にね」


「!? 何で? 死ぬかもしれないのに……!」


「俺はとても我儘なんだ」


「わが……まま?」




 それ関係あるの? 的な感じの視線を向けられる。




「そう、ずっと一緒に傍にいてほしいし、生き続けてほしい。でも普通に考えたら、戦場に立つことで死ぬかもしれない」


「そうよ……だから……」


「けれど死なずに生き残る可能性だってある」


「! ……それは……あるかもしれないけど」


「だったら俺はその可能性に懸ける。ともに戦場に立ち、ともに生き残る術を模索する。俺は我儘だからどっちも取る」


「でも死ぬ可能性だってあるわよ!」


「それでも俺は、この道を選ぶ。誰に何と言われようと、一緒に生き続けたいって思うなら、最後までともに在るようにする。それが俺が思い描く未来の形だよ」


「思い描く……未来の形……」


「君にもあるんじゃないか? 君が望む最上の未来が」




 俺の言葉を受け、しばらく沈黙していた釈迦原だが、微かに頷きを見せると、「……ある」と口にした。




「あの子と……凛羽とずっと一緒に笑っていたい。ずっと……ずっと……」




 それまで気丈に振る舞っていた釈迦原だったが、静かに嗚咽し始めた。




 すると――。






「――――――私もだよ、ケイちゃんっ!」






 突如、入口の方から声が届いた。




 見れば、そこにはいつの間にか沙庭が立っていたのである。




「り、凛羽……何で……!?」


「ごめんね……やっぱりこのままじゃ嫌だって思ってすぐに戻って来て……それで……」




 俺との会話を、今度は彼女が盗み聞きをすることになってしまっていた。実際気配で俺は気づいていたけれど。


 沙庭が釈迦原に駆け寄り、そのまま彼女をギュッと抱きしめた。




「ごめんね! ごめんね!」


「何で……アンタが謝るのよ……」


「だって……だって……こんなにケイちゃんを苦しませてたんだもん!」


「それは…………お互い様じゃない」


「だから……ごめんね。私も……やっぱりケイちゃんと一緒にいたい……っ! 戦うのは怖い……でもどこかでケイちゃんが辛い思いをしてるのは嫌だ。悲しいことも辛いことも、痛いことだって……二人なら乗り越えていけるよ。私は……そうしていきたい」


「っ…………うん……うん!」




 互いに強く抱きしめ合い、それぞれその胸に秘めていた想いを打ち明けていく。


 俺はもうお呼びでも何でもなさそうなので、静かに踵を返して部屋をあとにした。




〝……珍しいですな、殿〟


〝何がだ?〟


〝いえ、あのような者たちの問題に首を突っ込むなど。何の利益もないというのに〟




 シキの言う通りだ。彼女たちが仲良くしようがそうでなかろうが、直接俺にはメリットがない。当然だ。無関係の他人なのだから。




 それなのに何故か口を出してしまっていた。


 釈迦原のあの不器用な振る舞いが、何となく自分に重なったからか?




〝そうだな。ただの気まぐれだ〟




 俺はシキにそう伝えると、そのまま自室へと戻っていった。








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