第212話 釈迦原の想い
「……へ?」
「今日、この時をもって、アタシとアンタはまったくの他人。友達でも何でもないわ」
「な、何で? 何でそんなこと言うの? 噓……だよね?」
「……もう二度とアタシに近づかないで」
「ケイ……ちゃん? 私は……」
「アタシの名前も軽々しく呼ばないで。アンタはもう邪魔なの。足手纏いなの。アタシの人生にはもういらないのよ」
「っ……!?」
「さっさと出てって!」
その言葉が決め手となったのか、堪らず踵を返して部屋から出る沙庭。そして俺ともそこで顔を合わせてしまうが、涙を流しながら、何も言わずに顔を俯かせて走り去ってしまった。
俺はたった一人医務室に残っている釈迦原を見る。
まるでこの世の絶望を感じているかのような表情だ。間違いなく絶交は本音ではないだろう。あくまでもこの教団から沙庭を出て行かせるための方便だ。
だがそれでも親友に心無い言葉を言ってしまった事実に胸を痛めている様子である。
「ずいぶんと不器用だね、君は」
「!? ア、アンタ……!?」
俺が部屋に入って声を掛けると、すぐさま目元を無造作に拭って俺を睨みつけてくる。
「何? 何か用なの? もしかしてやっぱり本性を表してアタシを襲うつもり?」
「いやぁ、盗み聞きをしててね」
「そこは普通盗み聞きをするつもりじゃなかったんだけどって言うところじゃないわけ!」
「あ、ほら、俺って普通じゃないから」
「自慢にならないわよ! この歩く非常識!」
酷い。まあ確かに的を射た言葉だとは思うが。
「……彼女、泣いてたよ。いいのかい?」
「っ……アンタに関係ないわよ。男のくせに、いちいち口を挟んでこないで」
「そうかい。確かに君たち二人の問題みたいだしね。男の俺は黙って立ち去るとするよ」
俺だって何となく声を掛けただけだし。これ以上追及してほしくないなら無関係でいよう。
だがそこへ、「待って」と釈迦原から制止がかけられた。
「何か?」
「…………アンタ、いろんなところに旅をしてたって言ってたわよね?」
「まあね、それがどうかしたかい?」
「じゃあいろんなコミュニティも知ってるんでしょ?」
「……それなりに、ね」
「じゃあ……あの子を…………凛羽を安全なコミュニティに連れてってあげて」
これは驚いた。まさかそんなことをコイツが言い出すなんて。
「俺は男だよ?」
「はあ? そんなこと知ってるわよ」
「男を心底嫌っている君が、大事な親友をそんな男に託すのかい?」
「…………だって、アンタしか……頼れる奴がいないし」
「そんなに沙庭さんが大事なら、二人でここを抜けて安全なコミュニティに入ったらどうかな?」
「それはできないわ」
「何故?」
「話を聞いてたなら分かるでしょ? アタシは人殺しよ!」
「……だから?」
「別に男を殺したことは後悔してないわ。後悔なんて……してない」
だったら何でそんな悲痛そうな表情を浮かべることやら。
「アタシはもう身も心も穢れ切ってる。そんなアタシがあの子の傍にいたら、きっとまた……迷惑をかけちゃう」
「だから穢れた自分は純粋で綺麗な沙庭さんの傍にいる資格はない、と?」
俺の問いに返事をするでもなく沈黙で返す釈迦原。
言いたいことは分かる。人を殺した者とそうでない者。言葉にすると簡単だが、両者には決定的な境界線が存在する。とても分厚く、壁と言ってもいいほどの一線だ。
人の道を外れてしまった者――つまりは外道な自分が、まっとうに生きている沙庭と一緒にいるべきではないと考えているのだ。
闇に堕ちた自分。眩い光の中に存在する友といると、自分が苦しいのである。
真っ直ぐ友を見つめることができない。眩しくて……輝いていて。自分が傍にいることで、その輝きを奪ってしまうのではないかという恐怖を覚える。
きっと釈迦原は、穢れの知らない沙庭に、これ以上戦場に立ってほしくないのだろう。ましてや自分のためにその手を血で染めてほしくない。
だからこそ突き放したのである。
「そこまでの覚悟があったなら、何故この教団に一緒に入ったんだい?」
「……アタシの理念に沿っていたからよ。教祖様のお言葉にも……感銘を受けたし」
「けれど沙庭さんまでついてきた。その時に突き放そうとは思わなかったのかい?」
「思ったわ。でも…………できなかった」
「それは何故?」
「アタシが……弱いからよ。一人で……いたくなかったから。だからつい……あの子の優しさに甘えちゃった」
ベッドの上に腰かけた釈迦原は、自分の身体を抱きしめて震え始める。自責の念にかられているのだろう。自分のわがままを貫いてしまったことで、今、このような事態を招いているのだから。
一人は……嫌だったってわけだ。
俺もそうだった。だからソルやシキたちを傍に置くことにしたのである。
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