第211話 突き放し

「きっとたくさんの死人だって出る。もちろんアタシたちの中にも」


「だったらなおさら!」


「だから聞いてるの。アンタは男を……ううん、人を殺せるの?」


「う……」


「この教団にいる人たちのほとんどが、男に恨みを持ってるわ。それこそ殺したいくらいに。アタシも含めてね。けど……アンタは違うでしょ?」




 ……沙庭は違う?




「アンタはこの教団に入るっていうアタシのためについてきただけ。男のことは苦手だけど、殺したいほど憎んでるわけじゃない」




 なるほど。やはり沙庭は、男を殺すために教団に入ったわけじゃなかったか。




 実は何となくそうではないかとも思っていた。




 これまで沙庭と接してきて、どうも彼女だけは異質な感じがしていたのだ。何故なら一度足りとも敵意や殺意を向けられたことはなかったから。




 特に傍にいた釈迦原と比べると一目瞭然。苦手だというのは事実だとしても、俺を殺そうとは絶対に思っていない様子だったのだ。




「凛羽は優し過ぎるわ。きっと……人なんて殺せない」


「わ、私だって……私だって……ケイちゃんのためなら」


「他人のために人なんて殺すもんじゃないのよ」


「え……?」


「そんなことしたら絶対に後悔するわ」


「ケイちゃん……」


「アタシはアタシの意思で殺してきた。何度も何度も。もうアタシの手は血に染まってる。後戻りなんてできないし……しちゃいけないのよ」




 一度人を殺した者は、もう普通ではいられない。それは俺も同じ気持ちだ。


 特に自分の意思で殺しを行ったものは、だ。




 人間として、超えてはいけないラインがあるとしたら、俺や釈迦原は間違いなく超えてしまった者であろう。




「アタシは……凛羽には、アタシみたいになってほしくない。だから……戦争が始まる前に、この教団から出なさい」




 そういうことか。てっきり医務室からと思っていたが、この教団から出ろという話だったらしい。




「嫌だ! ケイちゃんを置いていくなんて絶対に嫌!」


「言うことを聞きなさい。アンタは……絶対に穢れちゃダメなの。アタシみたいに」


「何でよ! 何でそんなことばっか言うの? アタシはただケイちゃんと一緒にいたいだけ!」


「もう嫌なのよ! 凛羽がこれ以上傷つくのを見るのが!」


「……ケイ……ちゃん?」




 突然怒鳴った釈迦原に、沙庭が気圧されたかのような顔をしている。




「直接人殺ししてなくても、自分の周りの連中が男を殺してるのを見て、アンタいっつもそのあと吐くでしょ?」


「それ……は……」


「殺しを見たその夜は魘されてるし、アタシが返り血を浴びて帰ってきた時なんて気絶した。凛羽……アンタはここに居続けるには優し過ぎるのよ。こんなんじゃいつか……」


「だ、大丈夫だよ! 私だって頑張ってる! ケイちゃんが傍にいてくれればきっとこれからも――」


「もう少しで死ぬところだった」


「……え?」


「つい最近のことだし、当然覚えてるわよね? アタシを庇って……アンタは瀕死の重傷になった」


「だ、だってそれは……咄嗟だったし」


「教団にいれば、これからも戦いとは無縁でいられないわ。それに今回の戦争。アンタみたいな奴はすぐに殺されちゃう。ううん、たとえ生き残ったとしても……アンタの心は耐えられない。きっと……壊れちゃうわ」




 俺もまださすがに戦争なんてもんを経験してはいないが、確かに生半可な精神力じゃ、乗り越えられないだろうことは予想できる。




 何十人、何百人と、目の前で人が死んでいくのだ。その中には、ついさっきまで笑い合っていた仲間がいるかもしれない。泣きながら助けを請うていた者がいるかもしれない。


 そんな連中が、次々と物言わぬ骸と化していく。その光景は、まさに地獄そのものだろう。




 それでも戦えるのは、戦うための強い理由があるからだ。


 しかし釈迦原にとって、沙庭が持つ戦う理由が弱過ぎなのだろう。だから乗り越えられないと考えている。




「そんなこと言わないで、ケイちゃん。私なら大丈夫だから」


「ダメよ。これはお願いじゃなくて命令。今すぐ荷物を纏めて出ていきなさい」


「っ……じゃ、じゃあケイちゃんも一緒に行こ!」


「アタシは……残るわ」


「!? ……何でそこまで男の人を殺すことにこだわるの?」


「言ったでしょ? もう後戻りできないのよ。アタシは罪もない男をたくさん殺してきた。男ってだけでね。それなのに今更逃げるなんて……そんなことはできないのよ」


「ケイちゃん……!」


「だけど凛羽は違う。アンタはまだ綺麗なままよ。だから……そのままで生き続けてほしいの」


「……! ま、まさかケイちゃん……死ぬ……つもりじゃないよね?」


「…………戦争をするのよ。死ぬ覚悟ならあるわ」


「そんな覚悟なんてダメだよ! 私はケイちゃんにも生きてほしい! だって大事な友達だもん!」




 親友の心からの言葉に、何かをグッと噛み締める様子を見せる釈迦原。そしてそんな彼女が、意を決したかのように沙庭を睨みつけ……告げる。




「…………じゃあ今から絶交よ」








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