第207話 会談の終わり

 小百合さんたち『乙女新生教』の話し合いが終わったことが告げられ、俺と崩原たちは再び会議室へと戻ってきた。




「それで小百合さん、答えを聞かせてもらえますか?」




 仲介役として、俺が彼女に尋ねた。




「……一つ、確認事項があります」


「何でしょうか?」


「仮に同盟を結ぶことになろうとも、それはあくまでも今回限りということでよろしいでしょうか?」




 そんな小百合さんの質問に対し、俺は崩原に答えてもらうように視線を向けた。




「一時的な共闘ってことだろ? こっちだってヤクザに街を荒らされたくねえし、潰せるなら潰しときてえ。だからそれは文句ねえが……そもそも俺はお前らの男狩りを止めに来たんだぜ? そのせいで今回の事件も起きたんだしな」


「残念ですが、我々にとって生活圏に男が存在するのは納得できません」


「だから極端だっつってんだよ。罪もねえ奴を殺すなんて、ただの殺人鬼だろうが」


「男は害悪ですから」


「じゃあ何で鳥本は生かしてんだ?」




 やっぱりその質問が出たか。当然小百合さんもその答えは用意していると思うが。




「彼は我々にとって利益となる存在だからです」


「なるほど。確かに鳥本は優秀な男だ。それに変な薬も作れるし、その薬さえあれば多少の怪我や病も怖くねえ」




 変な薬とはずいぶんな言われようだ。やっぱり今度から崩原には五割増しで売ってやろう。




「けどすべての男を排除するって理念がある以上は、鳥本だって排除すべき対象のはずだ。たとえ利益になろうが、な」


「…………」




 さあ、小百合さんは崩原の追及にどう対応するのか。




「…………彼は『神の御使い』ですから」


「あ? は? か、神の……みつかい? 何だそりゃ?」




 うん、俺も初めて聞いた時、同じことを思ったよ。




「彼は男であると同時に、神が遣わされた使徒なのです」




 これを真面目な顔で言ってるんだから凄い。ほら見ろ、崩原やチャケたちも、話についていけずにポカンとしてるじゃねえか。




 というか彼女たちが信じてる神って、確か己が信じる『心想の神』だったよな? なのにその神が俺を遣わしたって…………どうやって?




 何だかいろいろツッコむ要素が満載ではあるが、俺にとっちゃすべてがこじつけのような気がする。


 もっともカルト教団なんてもんは、全部が全部こじつけで信者たちを洗脳している組織だって俺は思ってるが。




 そこに存在しないものを、さも当然に在るものとして信じ込ませる。深く考えないように思考誘導し、都合の良い環境と言葉を活用して信者を生み出す。


 だから冷静な第三者から見れば、矛盾だらけだし、バカなことを言っているとしか思えないのだ。




 しかし当人たちからしてみれば、それが救いであり、絶対的な存在になっている。




「故に彼は特別な存在なのです。その証拠に、普通の人間にはない御業をお持ちです。ご存じですか? 彼の作る薬は、欠損した部位を即座に再生することも、現代医学において不治の病とされる障害まで難なく取り除くことができるのです。これが神の御業と呼ばずして何と呼ぶおつもりですか?」


「いや……まあ、コイツが変な奴だってことは分かってるけどよ」




 はい、七割増し決定ね。




 俺はパンパンと手を叩き、皆の注目を引く。




「少し話が脱線していますね。今はヤクザとの抗争についての話ですよ。同盟を結び、彼らを討つか討たないか。それ以外の話は、すべてが終わったあとに改めて行ったらどうでしょうか?」




 そもそも互いに譲らない部分を、真正面からぶつけ合っても、短期間で双方納得のいく答えが出るわけがない。


 今はそんなことよりも目先のことに集中してもらわなければ。




「崩原さん、あなたたちは手を組んで『宝仙組』を迎え撃つ気はあるんですか?」




 俺の問いに、崩原さんは、しばらく小百合さんを見つめたあとに大きく溜息を吐き、静かに口を開いた。




「…………わーったよ。手を組む。けど条件がある」


「条件ですか? それは何でしょうか?」




 またも無理難題を突き付けられると警戒してか、小百合さんの眉がひそめられる。




「もう一度会議を開く。今度は『平和の使徒』も呼んでな。そこで『平和の使徒』もあんたらと手を組むようなら、俺も力を貸して一緒にヤクザどもを一掃する。それでどうだ?」


「……なるほど。『宝仙組』を相手に生存競争に勝つには、『平和の使徒』の協力が必要不可欠だとあなたは仰るのですね?」


「当然だ。俺ら『イノチシラズ』だけが手を貸しても、さっきも言ったが微力過ぎる。下手すりゃ相手は千人規模で押し寄せてくるんだぞ。『平和の使徒』だって、そう数は多くねえが、奴らには強力な兵器があるからな」


「そうですね。調べによると彼らの背景には武器商人がいるようです。我々も探ってはいますが、なかなかコンタクトを取れません」




 まあ、俺が避けていた連中でもあるしな。だから『乙女新生教』とはコンタクトを取らなかった。円条ユーリも男だし、物騒な連中ってことで問答無用で殺されそうだったから。




 しかしよく考えれば、女性の『武器商人』を作るってこともできたなって、今更ながら考えついた。これからはもう少し柔軟な発想で商売していこう。




「武器の調達に関しても、『平和の使徒』に頼めば、その武器商人から集めてくれる。数じゃ不利でも、その分は武器と根性で埋めりゃいい」


「……分かりました。ではそのようによろしくお願いします」


「了解した。じゃあすべては今度の会談で決めるってことで。場所はここでいいな? 日時の方はどうする?」


「できるだけ早い方が良いだろうね。すでに教団とヤクザの抗争は始まってるし。近いうちに本格的に数で攻めてくるかもしれない」




 俺が思ったことを口にした。


 恐らく先日の抗争は、互いの様子見程度のものだったのだろう。だがそれでも結構な数の怪我人が出たが。




 しかし全面衝突となると、その規模は跳ね上がり、こうしてゆったりと顔を突き合わせている時間などないだろう。


 少なくとも数日中には、本格的なぶつかり合いが始まると思う。




「鳥本の言う通りだろうな。チャケ、大鷹のおっさんと今すぐコンタクトを取るぞ」


「はい、分かりました。すぐに手配しますね!」


「ああ。連絡がついたら使いを送る。それでいいな?」


「問題ありません。では今日のところはこれで解散ということで」




 こうして『乙女新生教』と『イノチシラズ』の緊迫した会談は終わりを告げたのである。






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