第206話 宝仙組

 鳥本と『乙女新生教』を束ねる教祖である小百合が再会を果たす一週間前。


 今や人気の無い場所に建てられている五階建てのビルの最上階にて、多くの強面が集まっていた。




 そして連中が一様にして上座に落ち着く人物に視線を向けている。




「――まずは単刀直入に言う。親父が――殺された」




 上座に居座るこの男こそ、彼ら『宝仙組』に身を置く者たちが慕う若頭――宝仙闘矢だ。




 『火口組』きっての武闘派でもあり、殺人の罪で刑務所生活も送った経験のある人物。感情的で、キレたら何をするか分からないと、ヤクザの中でもあまり評判は良くない。




 ただ腕っぷしだけは誰もが認めており、以前たった一人で、敵対する組に乗り込んでほぼ無傷で潰し生還した伝説を持っている。




「若頭、それはマジですか?」




 宝仙の前に並んで座している部下の一人からの言葉だ。




「あぁ、自宅に帰るところを狙われたらしい」


「どこの組のもんですか?」


「組じゃねえ」


「は?」


「……おい」




 宝仙の一番近くに座っているガタイの良い大柄な男――赤桐が「へい」と口にして続ける。




「調べたところ親父を殺ったのは、女の組織らしい」




 女と聞いて、周りがざわつき始める。




「その女集団は、『乙女新生教』という最近ここらで男だけを殺しまくっている連中だ」


「そういやそんな話が……赤桐さん、そいつらに親父が殺される理由は?」


「いいや。連中は男なら誰彼構わず殺しているようだ」




 赤桐が、『乙女新生教』が手を掛けた男たちの背景を言い連ねていく。


 どの男にも共通点はなく、てんでバラバラ。堅気だろうがヤクザだろうが関係なくだ。




「若頭、これを放っとくんですか!」




 部下の一人が尋ねたことをきっかけに、次々と部下たちが発言し始める。




「そうだ! 親父の仇を討たねえと!」


「男だからって殺しやがって……目にもの見せてやる!」


「さっそく数集めて、そいつらの拠点に乗り込みましょうや!」




 などと騒がしくなってきた矢先、ドンッ……と、テーブルの上に勢いよく足を置く宝仙。そして「うるせえよ」と一言。


 宝仙が放つ気迫に抑え込まれたように静かになる面々。




 そんな中、赤桐だけが平然とした顔で宝仙に「若、どうしますか?」と尋ねた。




「もちろんこれは相手が売ってきたケンカ……いや、戦争だ。頭ぁ取られて黙るわけにはいかねえ。それに俺らの島で好き勝手暴れられるのもメンツが立たねえしな」


「それでは、若」


「あぁ。女どもには報いを受けてもらう。――てめえらぁ、戦争の準備だぁ!」


「「「「うおぉぉぉぉぉぉっ!」」」」




 一気に奮起する輩たち。どいつもこいつも血が滾っているかのようだ。




「まずは数を集める。そして武器もだ。おらぁ、グズグズしてねえで動け野郎どもぉ!」




 宝仙の命令に即座に動き出す部下たち。そんな中、一人の男が宝仙に向かって口を開く。




「若頭、ちょっといいですか?」


「あん? どうした押倉? てめえもさっさと動けよ」


「もちろんです。ただその前に、今度の戦争……この俺が組ん中の誰よりも実績を残したら例の話を考えてもらえますか?」


「例の話?」


「俺を若頭補佐にしてくれるって話です」




 まだ十九歳の押倉の言葉に、少し眉をひそめた宝仙。そんな宝仙の表情を見て、機嫌を損ねたと察したのか、赤桐が動いた。




「おいコラ、押倉ぁ……あんま調子乗ってるなよ?」


「アンタには聞いてねえんすけどね、赤桐さん」


「あぁ? チンピラ上がりがナマ言ってんじゃねえぞ?」




 バチバチと視線で火花を散らす二人。




「まあそこまでにしとけや。おい押倉?」


「はい」


「てめえ、俺んとこに来てどれくらいだ?」


「もう三年近くになります」


「まだ三年だ。極道の世界はそんな甘いもんじゃねえんだよ」


「っ……」




 若頭補佐である赤桐でさえも三十代である。十代の若造がつける立場ではない。暗にそう言っているのだ。




「まあ……けどよぉ、てめえは俺が直接引き抜いた可愛い子分だ。考えてやってもいい」


「!? 本当ですか!」


「あぁ。そうだな。誰よりも多く殺しをやれたら、その褒美になぁ」


「任せてください! 俺は若頭のために何でもやりますから!」


「おう、期待してっぞ」




 打てば響くような返事をしたのち、押倉は勇みながら部屋を出て行った。


その場に残ったのは、もう宝仙と赤桐だけ。




「あんな若造を若頭補佐にですかい? 正気ですか?」


「いいじゃねえかぁ。若い力ってのは必要だぜ?」


「若過ぎますよ」


「だがアイツは俺を慕ってる。すでに俺のために何度も殺しをしてるしなぁ」


「つまり尻尾切りのために飼っていると?」


「化けねえとそれまで。でも化ける可能性だってある。ああいう無鉄砲さを見てると、若い頃の俺を思い出す」


「あんな小物が若頭と? 何の冗談ですかね」


「まあそう言うな。可愛い子分ってのは間違ってねぇ。これからは俺の時代だ。有能な部下は幾らあってもいい。それがたとえ……尻尾切りでもなぁ。赤桐ぃ、てめえもウカウカしてらんねえぞ?」


「……あんなチンピラが勇んでも怖くはないですよ。どうとでもあしらえる」


「ククク、さすがは我らが『宝仙組』の頭脳だな。親父が見初めただけはあるぜ」


「その親父が、まさかこのタイミングで殺されるとは思いませんでしたけどね」


「クハ……悪い顔してんぞ赤桐ぃ。これもてめえが仕組んだことじゃねえかぁ」


「さあ、何のことか分かりませんね」




 そう言いながらも、赤桐は楽しそうに笑みを浮かべている。




「言いやがる。てめえがわざと情報をリークしたんだろうが。あの『乙女新生教』とやらによぉ。親父のガードが甘くなる時間帯を」


「そうでしたか?」


「まあ、そのお蔭でわざわざ俺が直接手を下す必要もなく、すんなりと組を頂くことができたんだがな。持つべきものは忠誠心のある頭のイカレた部下か?」


「酷いですね。俺はただ、若が親父を殺してえって仰ってたから策を練っただけですよ」


「おいおい、滅多なことを言うもんじゃねえよ。俺が親父を殺してえだと? クハハ……当然だろうが。あんな腰の低い奴に、いつまでもトップにいられたんじゃ、組の沽券に関わっちまう。極道は慣れ合いか? ちげえだろうが。極道において重要なのは力だ。それも絶対的な権力と暴力。あの親父はどれも中途半端だ。欲がねえ極道は極道じゃねえよ」




 宝仙はその場から立ち上がり、背後に飾られるように置かれている刀を手にして、ゆっくりと鞘から抜く。


 鈍い光を放つ刀身を見つめながら、宝仙はその刃に魅入られたような表情で言う。




「極道はこの刀とおんなじだ。昔の親父はそりゃ凄かったぜぇ。切れ味も抜群で、刃毀れ一つない極上の一振りのような男だった。けど年を取って変わった。今の地位に満足し、必死にしがみつこうとする弱者。向上心の欠片もねえその堕落っぷりは、見ているだけで吐き気がするほどだったなぁ」


「そんなにも若い頃の親父は凄かったんですか?」


「おうよ。今の俺……いや、それ以上にぶっ飛んだバカだったらしい。いつもギラギラしてて、触れる者すべてを刻んでた。それが……嘆かわしいよなぁ。ただの太った豚に成り下がっちまった。さっさと身を引いて俺に組を明け渡しゃいいもんをよぉ。何が俺にはまだ早いだ。この世界は力こそすべてだ。なあ、赤桐ぃ?」


「仰る通りですね。それに世界が変貌して、それがより顕著になったんじゃないですか。以前若が言っていた力がものを言う時代の到来ですよ」




 赤桐の言葉に満足げに頬を緩めた宝仙は、刀を静かに鞘に納める。




「まったく我慢はしてみるもんだなぁ。親父はいなくなった。この組は俺のもんだ。それに金よりも武力が必要とされる世界になった。どれもこれも俺好みの展開だ。この機を足掛かりにして、テッペンを獲る。この俺が『宝仙組』を極道の頂点へと押し上げる」


「ついていきますぜ、若」


「あぁ、まずは例の宗教団体だ。もちろん表向きは親父の報復。教祖の首を取ってケジメをつける。『火口組』に俺の存在を認めさせ、俺が『宝仙組』を背負って立つ。さあ、こっから一気に駆け上がんぞ」




 『宝仙組』の事務所の中で、宝仙の狂ったような笑い声がしばらく続いた。








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