第204話 鳥本の考え

 最悪……か。その通りだろうな。言うなれば戦火を広げるようなものだ。三つの勢力が全力でぶつかれば、どちらが勝ったとしても悲劇的な結末しか残らないような気がする。


 何せ戦争のあと、周囲には大量の無惨な犠牲者が横たわっているだろうから。




「もしくは圧倒的な力で、一方を瞬時に押し潰す」


「どういうこった?」




 尋ねてきた崩原だけじゃなく、小百合さんたちも興味深そうにこちらを見てきた。




「戦争が長引けば、それに比例して被害も大きくなる。ならできるだけ短期間で終結させれば、被害も最小限に留めることができると思う。まあ一番簡単なのは、数が多い『宝仙組』に与して、一気に教団を殲滅することかな」




 俺の発言を聞いて、一気に信者たちが殺気立つ。




「ちょ、アンタ何言ってんのよ!」




 俺の後ろで控えている釈迦原も、黙っていられずに声を上げてきた。


 俺はたくさんの視線を浴びながらも、さらに淡々とした態度で続ける。




「戦争はどっちかが殲滅するか、あるいは敗北を認めるまでやるしかない。だったら巻き込まれる側としては、弱い方がさっさと倒れてくれた方が早く終わってありがたいだろ?」


「それは……確かにアンタの言った通りかもしれねえなぁ」


「おい、チャケ?」




 突然口を開き始めたチャケに対し、今度は彼に全視線が向く。




「そもそも俺らがここに来た理由の一つに、ここにいる女たちがヤクザに殺されないようにっていうのもあるんだよ。才斗さんは、女に甘えから」


「こらアホ、余計なことは言わなくていいんだよ!」




 なるほど。男狩りなんかしているような連中でも、崩原にとっては死なせたくない者たちらしい。多分、小百合さんたちが何で男狩りなんかをしているか、その理由に薄々気づいているからだろう。


 男に弄ばれた、裏切られた、大切な者を殺された。




 だからこそ男を憎んでいる。そういう背景に気づいているからこそ、無暗に殺したり死なせたりしたくないのかもしれない。


 本当に甘い男だ。とんだ悪一文字を背負った輩もいたものである。




「なら街の被害を少なくするため、戦争を短期間で終わらせつつ、教団も壊滅させない方法はたった一つしかない」




 再び俺が言葉を発したことで、場もさらに緊張感が増す。コイツ、また何を言うつもりなのかとでも思っているのだろう。


 そんな中、俺はある考えを提示した。




「『イノチシラズ』、『平和の使徒』……そして『乙女新生教』の連合軍で、『宝仙組』を叩き潰すこと」




 誰かがゴクリと喉を鳴らした音が耳朶を打つ。それほどまでに、その場は静寂が支配していた。


 そして誰もが俺の発言に対し驚嘆している中、最初に口を開いたのは崩原だった。




「おい鳥本、お前……何言ってんのか分かってんのか?」


「ああ、もちろん。こう見えても自分の発言が理解できないほど耄碌はしていないよ」


「だったら今のは何だよ? 俺らや『平和の使徒』までコイツらについてヤクザをぶっ潰せって?」


「それが互いの望みに妥協した案だと思うけどなぁ」


「どこがだ! 元々コイツらが起こした戦争だぞ! 首突っ込む俺らは大損じゃねえか!」


「でも街の被害は抑えられるかもしれない。それに……相手はヤクザだ。警察が機能していない今の状況で、誰がその存在を認める?」


「……潰れるならヤクザの方だって言いてえんだな?」


「それにあの流堂も『火口組』と付き合いがあったらしいじゃないか」


「おまっ……それをどこで……?」


「俺にも独自の情報網があってね」




 流堂の背景などを調べている時に、ただ『火口組』の存在が出てきただけだ。まあ繋がっていてもおかしくない、むしろ当然とも思うような奴ではあったが。




「ヤクザは堅気に手を出さない。そんな暗黙のルールがあったかもしれないけど、今の状況ならどうかな? ヤクザだって生きるためには……平気で弱者から問答無用で奪うだろう?」




 事実、ソルの調査では上の命令かは知らないが、下っ端ヤクザが堅気を襲い食料などを奪っている現場が報告されている。


 もうそんな暗黙のルールなんて気にしていられる情勢でもないのだ。




「崩原さんは、ここにいる小百合さんたちがヤクザに殲滅されるのを良しとしない。なら彼女たちに力を貸してヤクザを殲滅すれば良いんじゃないかな?」


「簡単に言いやがるぜ、まったくよぉ」




 だって他人事だしな。そりゃサクッと思いついた案を口にできるよ。




「でも妥協っつったってこっちだけじゃねえか。コイツらにとっちゃメリットしかねえぞ?」


「そうかな? 男に手を貸してもらう。男に命を救われる。彼女たちにとっては断腸の思いだと思うよ?」


「それは……」




 言い淀む崩原だが、その視線を俺から小百合さんへと移す。




 彼女は静かに瞼を閉じて、俺たちの話を吟味していたようだ。静かに目を開くと、凛とした様子で声を発した。




「私とて、無暗に信者たちの命を散らしたくはありません。彼女たちの命を守りつつ、敵を討てるのならば喜ばしいことでしょう」




 一見俺の案を受け入れる流れだったが、彼女は「しかし」と言って続ける。




「討つべき男たちの手を取るなど、神の教えに背く行為でもあります」




 あーそう簡単にはやっぱいかねえか。




 ていうか神の教えって、そんなもんないよな。だって己の中に存在する夢想の神なのだから。まあ、そいつが言っているってことは、自分が信じていることでもあるし、いわゆる自分たちの理念っていう意味なのだろうが。




「……崩原さんは、彼女たちと手を組む余地があるって考えますか?」


「は? …………何とも言えねぇな。それに俺ら『イノチシラズ』は、例の事件からこっち、数を増やしたっつっても、まだ十数人規模だ。加入したところで雀の涙だよ。……ああ、だから『平和の使徒』ってわけか」


「ええ。彼らはすでに軍隊そのもの。所持している兵器も、通常では手に入らないものばかり」




 俺のお蔭でね。




「彼らが同盟を結ぶとしたら、『イノチシラズ』も手を貸す余地も出てくるんじゃないかな?」


「そりゃそうだが……大鷹のおっさんが認めるとは思えねえんだけどなぁ」




 確かに正義を掲げる彼らが、勝手に戦争なんて起こした者たちに介入なんて普通はしないかもしれない。しかしそれはあくまでも他所の出来事ならだ。




 戦争が行われているのは、『平和の使徒』の管轄領域。そこには彼らの家族だって住んでいる。ならば動かない理由にはならない。




「小百合さん、仮に二つの勢力が力を貸してくれることになるとしましょう。そうすればきっとヤクザにだって対抗できますし、信者たちの多くも救われます。それとも教えを貫き、戦場での無意味な死を選びますか?」




 無意味な死という言葉を強調して伝えてみた。




 すると一瞬小百合さんが顔をしかめる様子が見て取れた。何だかんだいっても、彼女は信者思いだ。さっき言った彼女たちの命を重んじる言葉も、心からの言葉であろう。




「…………少し、彼女たちと話をさせてください」




 だから、こうして優柔不断な言葉も出てくる。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る